先見創意の会 (株)日本医療総合研究所 経営相談
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(掲載日 2009.08.18)
■2つのバトン

 医業承継に限らず、事業承継は、2つのバトンを繋ぐ必要があるといわれる。

 2つのバトンは、ひとつは事業主体である会社などの資産、例えば、会社の“株式”(医療機関であれば、病医院の資産、医療法人であれば出資持分)であり、もうひとつは、事業主体の経営者としての立場(医療機関であれば、病医院の代表権、すなわち、理事長、院長のポスト)のことを指す。特に前者を“物的承継”、後者を“人的承継”という場合もある。

 このコラムでは、最初のバトン、つまり、株式(医療法人であれば出資持分)などの“物的承継”について相続税との関係を採り上げてきたが、今回は、事業主体の経営者としての立場(院長、理事長)の承継、すなわち“人的承継”について整理する。

 ■事業承継における人的承継

 事業承継を単純化すれば、それは後継者に対して株式等を引き継ぐことである。

 そのために株式等の価値を評価して、税金について悩むことになる。このことは、このコラムでも採り上げてきた。

 ただ、事業承継は、株式等を引き継ぐ“物的承継”を済ませれば良いという話しではない。

 引き継がなければならないバトンがもう1つあり、それは事業主体の経営者としての立場、すなわち“人的承継”のバトンである。

 しかし、人的承継は、経営者としての立場(医療機関であれば、院長や理事長)を引き継げば、それで終わりという話ではない。経営者としての立場を引き継ぐということは、先代が築き上げてきた事業の様々な面を引き継ぐということを意味している。

 先代が築き上げてきた事業の様々な面というのは、事業を立ち上げた経緯、拡大期、厳しい時期といった様々な歴史であり、事業を通じて先代が築いた人脈、患者さん、取引業者であり、長い歴史を通じて培ってきた診療に関するノウハウであり、そして、地域医療に貢献し続けてきた原動力ともいえる信用である。

 後継者は、これらのいわば、先代の人生そのものである事業を引き継がなければならないのであり、それは、歴史、人脈、ノウハウ、信用・・・これらの様々な要素が長い歴史を通じて雪だるまの如く大きくなった、そして、承継のタイミングでは大きくなりきった“先代そのもの”を引き継ぐことであるといえる。

 この雪だるまがどれほど重い雪だるまであるか、容易に想像がつくであろう。

 事業承継においては、物的承継のバトンを承継することは重要であり、かつ、難しいことであるが、“先代そのもの”を引き継ぐ人的承継のバトンを承継することも大変であり、重要であり、そして、後継者にとっては重いプレッシャーのかかる仕事なのである。

 ■人的承継を成功させるために

 人的承継を成功させるための鍵は、承継させる側(先代)と承継する側(後継者)の双方の準備、心構えである。

 人的承継は、“先代そのもの”を承継することであるとすれば、先代としては、まず、抽象的である“先代そのもの”をはっきりさせる必要がある。

 前述したような歴史、人脈、ノウハウ、信用・・・といった事業継続と原動力となったこれらの要素は抽象的であることから、これらの要素を具体化するのである。

 具体化は、まず、文章化することであろう。文章化とは、これらの要素を経営理念という形でまとめる方法や院内史としてまとめる方法などが考えられる。いずれにしても、具体化とは、後継者にきちんと承継したいことを丁寧に時間かけて整理する作業である。

 この作業は、もちろん、先代がひとりでまとめて行くことが中心になるが、どうしても見落としてしまったり、独りよがりなものになってしまったりする場合もあるので、院内で歴史を共有してきた者や第三者の視点を加えることも大切である。第三者の視点から病医院を取り巻く現在の環境(病医院の財務状況、人的な組織状況、市場、患者層などの現状把握と問題点の認識など)に関する調査を行ってもらうことも1つの手段といえる。

 こうして整理すれば、大抵の場合、“先代そのもの”は右から左へ簡単に後継者に引き継ぐことができるものではないということがはっきりする。

 次のステップでは、後継者にそのことを実感させることになる。

 具体的には、後継者に、先代の重みを感じさせ、それを承継する心構えを持たせることである。

 引き継ぐべきものが明確になれば、後継者は病医院に戻ってくるタイミングを考えるようになるだろうし、戻ってきてからの病医院での過ごし方も後継者としての自覚を持ったものになるであろう。

 このように人的承継のための準備は、後継者育成のための一大事業である。

 承継期に差し掛かったら、“物的承継”だけでなく、“人的承継”を通じて後継者にきちんと引き継ぎたいことを整理し始めることをお勧めしたい。
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