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コラム
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(掲載日 2009.09.01)

 新型インフルエンザに対応するワクチンの「緊急輸入」に道筋がついた。

 選挙前に、舛添要一厚労省相が「無過失補償」をすることを表明して、輸出メーカーが求めていた免責の条件が整うメドがついたためだ。

 選挙結果を見るまでもなく、9月には政権を去ることがはっきりしていた自民党の舛添氏の言葉は軽いものだったが、民主党が医療事故の無過失補償をマニュフェストにうたっており、ワクチンもその対象になるとしていることから、緊急輸入は実現されるだろう。

 無過失補償は、医療事故が起きた時に、医師や製薬会社、医療機関の責任がはっきりしなくても、健康被害に対する補償をしようというものだ。

 ワクチンの場合は、接種との因果関係がはっきりしなくても、ワクチン接種でおきうる副反応による健康被害が認められた時には補償をするということになるだろう。

 現在、ワクチンの健康被害に対する補償の制度は主に2つある。なぜ2つもあるかというと、ワクチンに定期接種と任意接種があるためだ。定期接種は、「接種の努力義務が課される」もので、費用は公費でまかなわれる。ポリオや麻疹、風しんが対象になる。補償は予防接種法にもとづいて行われ、死亡の場合は4千万円余りがでる。

 任意接種は努力義務がないもので、おたふくかぜやみずぼうそうなどが対象だ。接種費用は原則として、自分持ち。補償は医薬品副作用被害救済基金から行われるが、死亡時でも700万円余りしか支払われない。

 そして、いずれの制度も、補償をうけたとしてもメーカーや医療機関、国を相手に裁判を起こすことが認められている。

 季節性インフルエンザ(高齢者を除く)はこの任意接種にあたり、厚労省は今回の新型について、同様の扱いでの対応を求めていた。これに対して交渉相手のメーカーのひとつであるグラクソスミスクライン(GSK、英国)は強く反発して、7月中にもまとまるはずだった交渉が長引いていた。

 GSKが抵抗したのは、GSKが欧米の十数カ国にもワクチンを供給する契約をしていて、いずれも裁判で訴えられない免責条項が盛り込まれているためだ。欧米諸国との契約は、とりインフルエンザ対策が課題になった2年前に、とり対策のワクチンの供給で結ばれたものだが、今回のぶた新型発生にともなって、同じ条件で契約が結ばれている。そのため、他国ではスムーズに契約が結ばれた。

 ところが、日本は、そもそも契約交渉が本格化したのが7月で、おまけに日本側の条件を飲むよう求めたために、交渉が難航してしまった。8月末の専門家と厚労大臣との意見交換で国立感染症研究所のインフルエンザウイルス研究センターの田代眞人センター長が「輸入しないといけないのは前からわかっていたはずだが、なぜ急にこういう話になったのか」と迫る一幕があったが、筆者も同感である。

 これに対して厚労省は「国産で多分対応できると考えていたが見込み違いがあった」と説明したが、もし、本気でそんな見込みを持っていたとしたら、国民を危険にさらす甘い発想と言わざるをえない。

 なぜなら、日本のメーカーは、学校法人の北里研究所、財団法人の化学及血清療法研究所(化血研)、財団法人の阪大微生物研究所(阪大ビケン)、デンカ生研株式会社という弱小メーカーばかりが、国内シェアを仲良く分け合っているためだ。

 今回、アジュバントと呼ばれる免疫増強剤が危険視されているが、国際的にはGSKのアジュバントは性能が高いと評価されており、日本の4メーカーも、とりインフルのプレパンデミックワクチンの開発でアジュバントの開発を試みたが、事実上、失敗した経緯がある。

 少し専門的なことを書けば、アジュバントとは、とりインフルエンザのように毒性が強いウイルスに対抗するために免疫力を高める役割をする。日本はその開発ができなかった結果、副反応が出やすい「ホール」のタイプのワクチンで対応することになり、現在、2千万人分のワクチンが「備蓄」されている。ホールとは、わかりやすく書けば、鶏卵で増殖させたウイルスを殺してそのまま使うワクチンだ。

 それでは不純物が多いために副反応が起きやすい。そのため、ウイルスの死骸を分解し、精製して使う「スプリット」の製法が主流になっているが、それでは抗体ができにくい可能性があり、とりインフルのように毒性が強いウイルスを想定した場合、不安がある。アジュバントの開発に失敗した結果、とり対策ではホールを使っているのが日本メーカーなのだ。

 ホールのワクチンは、それだけ副反応も起きやすいということになるが、ワクチンはもともと、体に抗体を作らせるために抗原を送り込むものなので、副反応は避けられないものといえる。接種部分が腫れるなどの副反応があれば、それだけ免疫力も高まると考えられている。GSKのアジュバントは、スプリットのワクチンに加えることで免疫力を高めることが期待でき、少ない抗原でも効果が期待できるため、従来の生産量の4倍が作れるスグレものとされている。

 さて、いまは、このような情報が十分に伝わっていないが、今年の秋から冬にかけて、国産ワクチンは「黒船ワクチン」と競争することが避けられなくなった。秋から接種が始まれば、軽重ないまぜで副作用が話題になり、いずれ、ワクチンをうったのにインフルエンザにかかったという声が増えていくことになるだろう。その時に真価が問われるのが、アジュバントということになる。

 もうひとつ、GSKのアジュバントの性能が高いのは、インフルエンザウイルスにつきものの「変異」への対応力だ。インフルエンザにワクチンがきかないと、よく言われるのは、この変異への対応が難しいためだ。GSKワクチンも万能ではないが、交叉免疫力と言われる変異ウイルスへの対応力は一定のものがあると評価されている。

 和製ワクチンはこの競争に打ち勝って「黒船」を撃退できるのか。それとも、国民に「効かない」と烙印を押されて絶滅の危機に追い込まれるのか。日本のワクチン産業にとっても、新型インフルエンザは厳しい試練を突きつけることになるだろう。
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