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(掲載日 2009.09.29) |
第1 インフルエンザ流行と市民の権利
新型インフルエンザ(H1N1)が流行している。それに伴い、新型インフルエンザへの対応が市民の権利を制限する事態も生じている。例えば、企業が従業員に、又は、学校が生徒に、新型インフルエンザに関する陰性証明(感染していないことの証明)を医療機関でもらってくるように求めるケースが増えているという。
これは、そもそも陰性証明などできるのかという問題もあるし、感染していない人が感染者の集まる医療機関に行くことで、かえって感染者を広げてしまうリスクも問題となる。
さらに、ここで問題となるのは、感染の抽象的な危険があるというだけで、診断を受けることを義務づけることができるのかという点である。もともと病院で健康診断を受けるか否かは、労働安全衛生法で義務づけられている場合などを除いて、個々の市民の自由な裁量に委ねられている。それを高度の必要性や許容性がないにもかかわらず、義務づけることが許されるのかが問題視されているのである。
このように新型インフルエンザが市民の権利と関わりを持つ事態は、今後、流行がさらに拡大すると、より多様化・先鋭化してくるものと思われる。
第2 予防接種と市民の権利
新型インフルエンザが市民の権利に影響を与えるものの1つとして、集団接種の問題がある。日本では、予防接種法上、インフルエンザ・ワクチンが勧奨接種の対象とされていた(1962年〜1994年)。
しかし、副作用が問題となる割にその効果に疑問があること、また、そのような予防接種を義務づけることが自律権や自己決定権を侵害しているのではないかという疑問から、1994年11月の改正で、高齢者を除いてインフルエンザ・ワクチンを勧奨接種の対象としないこととなった。この年の改正は予防接種法の抜本改正であり、インフルエンザ以外にも、あらゆるワクチンの義務接種が廃止され、勧奨接種のみとなり、集団接種から個別接種を原則とする法制度に移行した。
今回の新型インフルエンザの大流行は、この予防接種に関する議論を再燃させる恐れがある。
第3 インフルエンザ・ワクチンの集団接種
企業や学校の中には、新型インフルエンザ・ワクチンの集団接種を行いたいと考えるところも現れており、実際にそのような照会が医療機関に寄せられているという。
たしかに、このような動きは、事実上、市民が自らワクチンを接種するか否かを選択する機会を奪うことにつながる恐れもある。しかし、あくまで任意に予防接種を受けることが保障されているのなら、集団接種の機会を設けることを制限することは、現在の法律上は不可能であると考えられる。
現在の予防接種法は、個別接種を原則とし、集団接種を例外としているが、集団接種を排除しているわけではない。厚生労働省のインフルエンザ予防接種ガイドライン等検討委員会が作成した「インフルエンザ予防接種ガイドライン」でも、インフルエンザの予防接種は、原則として個別接種として、十分な予診や被接種者の意思確認を確実に行って実施するとしているが、集団接種を排除はしていない。
厚生労働省の予防接種ガイドライン等検討委員会が作成した「予防接種ガイドライン」は、集団接種を行う際の注意点を定めており、「やむを得ず集団接種で実施する場合には,個別接種の場合と同様に十分な予診を行えるよう、会場、担当医師数及び予診方法を設定する。また,接種を受ける対象者のプライバシーが守られるよう,カーテン,ついたて等で仕切りをするか個室を使用する」などとしている。現在の法制度は、一定の条件の下で集団接種が行われることを前提としているのである。
第4 集団接種の取扱い
しかし、現実に企業や学校が新型インフルエンザ・ワクチンの集団接種を行おうとした場合、現場には混乱が生じることも予想される。というのは、インフルエンザの予防接種について個別接種を原則としているために、集団接種を行う際のガイドライン等が整備されていないのである。
実際に各地の保健所に対して、企業の会議室などで「予防接種ガイドライン」に定められた条件を整えた上で予防接種を行ってよいか尋ねたところ、保健所によってその対応はバラバラであった。認められないという保健所、認められるが手続きが用意されていないので事実上認められないという保健所、巡回健康診断届にその旨を追記することで認めるという保健所など、その対応は実に多様であった。
法律上、許容されている以上は、インフルエンザについて他の疾病と特に差異を設けないのであれば、「予防接種ガイドライン」に記載された条件設定のみで許容すべきと考える。しかし、各地の保健所としては、厚生労働省からその旨の明確な指示が示されないと動きにくいのであろう。大流行で混乱が生じる前に、厚生労働省が何らかの施策を示す必要がある。
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