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(掲載日 2009.10.27) |
平成21年8月31日に、厚生労働省が平成22年度の税制改正要望事項の一つとして、「医業承継にかかる相続税・贈与税の納税猶予等の特例措置の創設」を掲げた。
政権交代があり、税制改正要望も事実上の白紙となったことから、制度化されるかどうかは不透明な情勢ではあるが、要望を見ることで医業承継に対する厚生労働省の考え方が透けて見える。今回はどのような制度が要望として出されたのか整理したい。
■納税猶予とは
納税猶予とは、簡単に言えば、本来支払うべき税金の納税を待ってあげる制度である。
あくまでも、“待ってあげる制度”であるから、納税義務がなくなるわけではない。
通常、納税猶予制度は、最終的に一定の要件をクリアーした時点で待ってあげていた税金を免除するという仕組みになっている。
今回の要望では、医療法人の出資持分に係る相続税等について、納税猶予制度の導入が要望事項として挙がっている。
■要望の背景
今回の要望の背景には、医業承継に際して相続税等の負担のために出資持分の払戻しが行われることを防ぐということがある。
つまり、持分のある医療法人において、出資者の死亡に伴い、相続税の納税資金を確保するために、相続人により出資持分の払戻請求が行われることにより、医療法人の財務基盤が脅かされ、医業の継続に支障を来すことを防ごうというのが要望の理由となっている。
■制度の具体的な内容
医業の継続に支障を来すことを防ぐための措置のひとつとして、「出資者の死亡に伴い相続人に発生する相続税の納税を5年間猶予するとともに、5年以内に一定の要件を満たす持分のない医療法人に移行した場合に、猶予税額を免除する。」という制度の創設が要望されている。
つまり、5年間、相続税の納税を待ってあげることにより、相続税のために払戻請求が行われることを防ごうという趣旨である。
しかしながら、ただ、待ってあげるということではなく、5年間のうちに医療法人が「一定の要件」を満たす持分のない医療法人に移行しなければいけませんよ。それができないのであれば、最終的に税金を払ってくださいねという制度になっている点には留意が必要である。
■一定の要件とは
制度としては、一定の要件を満たす持分のない医療法人に移行すれば、最終的に相続税が免除されるので、いい制度に思えるが、この「一定の要件」をクリアーするのがなかなか難しい。
一定の要件を満たす持分のない医療法人とは、具体的には、特定医療法人と同等の要件を満たす医療法人又は社会医療法人と同等の要件を満たす医療法人が想定されている。
特定医療法人は税法で、社会医療法人は医療法でそれぞれ定められている公益性の高い医療法人をいい、役員のうちに占める親族等の割合が3分の1以下であるなど大変厳しい要件が付されている。つまり、税金を免除してもらいたいのであれば、同族経営を棄て、公益性の高い医療法人に鞍替えしなさいということである。
ちなみに、納税猶予制度を利用して、相続税の納税を待ってもらったものの、この厳しい要件を満たせなければ、待ってもらっていた相続税を支払わなければならないのはもちろん、それに加えて、待ってもらっていた期間に応じた利子税(税金に対する遅延利息)も併せて支払わなければならないという一種のペナルティーも課される。
■医業承継問題の解決には至らない
この制度は、結局のところ、現在の持分のある医療法人について、相続などをきっかけに持分のない医療法人、しかも、公益性の高い運営体制を備えた医療法人への移行を促すものであり、仮にこの制度が創設されたからといって、一般的な医療法人の医業承継(例えば、親から子への同族経営体制を維持しながらの医業承継)を目指す場合には、出資持分に係る相続税を負担しなければならないという問題の解決には至らない。
一方、事業承継の円滑化を促すことを目的として制度化された一般事業会社のオーナーの自社株式に対する相続税等の納税猶予制度は、最終的に免除される要件に事業を継続することがある(この場合、同族経営の継続が可能である)。
この点を考えれば、医療法人にも同様に、医療が継続されることが免除の条件となる制度があってもいいのではないだろうか。
厚生労働省は第5次医療法改正で医療法人の出資持分の概念を無くした。そのことで、持分のある医療法人に対する税制面での支援を明確に打ち出せない状況にあると思われる。
しかしながら、今現在、多くの医療法人が持分のある医療法人であり、医業承継に伴う相続税によって医業の継続が脅かされかねないという問題に直面しているという現実を見据えた医業承継税制の議論が必要ではないかと考える。
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