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コラム
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(掲載日 2010.02.23)

■臍帯血を預かるベンチャーの破綻

 臍帯血という人体の一部であり、かつ、高度の個人情報とも言える物を預かるベンチャー企業が破綻した。臍帯血バンク事業を行ってきたつくばブレーンズ株式会社は、平成21年10月16日に水戸地方裁判所土浦支部の破産開始決定を受けた。管財人には地元の弁護士が選任されている。この管財人が今後、つくばブレーンズに代わって当面の会社の管理を行うとともに、会社を整理して、お金が残っていれば、それを債権者に配当することとなる。

 債権者集会は平成22年1月20日に予定されていたが、期日変更がなされており、同年3月4日に延期されている。おそらく臍帯血を預けた多数の家族がいるため、簡単には処理が進まないのであろう。このように複雑な状況の中で、医療の側から見て一番心配なのは、預けられた臍帯血がどうなるのか、臍帯血に付随する個人情報がどのように扱われるのかという点である。

■法的な処理の枠組み

 経営が破綻して破産手続きに進むと、通常は破産管財人が選任されて、会社の所有・占有する物の処分や債権債務関係の清算を行う。そして、幸いにも残余財産があれば、それを債権者に対して債権額で按分して配当する。このとき配当される金額は、元の債権の数パーセントに過ぎない場合が多い。

 本件で問題となる臍帯血を処分すべき「物」などというと、預けられた方々にとっては憤懣やるかたないだろう。将来我が子が病気にかかったときに備えて、大金を払って預けた大事なものである。このような大事な物の処分には当然、慎重な配慮が求められる。

 つくばブレーンズの契約内容を実際に見たわけではないので、推測になるが、臍帯血バンクの契約の性質は、民法上の寄託契約であると思われる。寄託契約の当事者は、預けた人=寄託者と、預かった人=受寄者(=つくばブレーンズ)である。有償の受寄者は寄託物を慎重に保管する義務を負う。これを法律用語でいうと善管注意義務という。また、寄託者は受寄者に対し、いつでも寄託物の返還を請求できるので、受寄者は寄託物の返還義務を負っている。

 これらの善管注意義務や返還義務は、受寄者が破産した場合は、管財人に引き継がれることになる。したがって、破産処理が終わるまでの間、管財人は破産したつくばブレーンズに代わって、これらの義務を負っていることになる。

■臍帯血の取戻し

 寄託者である臍帯血を預けた家族の願いは、@臍帯血及び付随する個人情報を信頼できる別の機関で預かって欲しい、A支払った費用を返して欲しいという2点に集約されるだろう。

 A支払った費用の返還は、残念ながら配当によって受け取れる額に制限される。多くの場合、配当が全くないか、あっても数パーセントに限られるので、この点はあまり期待できない。

 @臍帯血及び個人情報の扱いについては、2つの方法が考えられそうである。1つは、つくばブレーンズとの契約を解除して、他の委託機関を探し、そこに預かってもらうという方法である。通常、企業が締結する契約には、破産などの破綻時には契約を解除できるという条項が入っていることが多い。したがって、本件でもつくばブレーンズとの寄託契約を解除することは可能であろう。また、民法上、寄託物の返還請求はいつでもできることになっている。もし他の信頼できる機関を探すことが可能であれば、この方法が一番シンプルかつ安全と思われる。つくばブレーンズの管財人としても、自ら信頼できる他の機関を探し、そこへの移管手続きの道筋を付け、積極的に寄託者たちに情報提供すべきであろう。ただし、この方法の場合、寄託者は新たな委託機関に対して別途費用を支払う必要がある。

■営業譲渡は許されるか

 臍帯血及び個人情報を扱うもう1つの方法として、管財人が臍帯血バンク事業の営業譲渡を行い、その譲渡先での寄託を続けるという方法がある。この方法によれば、管財人に営業譲渡代金が支払われるので、それを原資にいくらかの配当を得ることも可能かもしれない。また、譲渡先は、つくばブレーンズの設備を流用することになるので、寄託者が追加で支払う寄託費用も低額で済む可能性もある。報道によると、本件でもつくばブレーンズの債権者の一社が営業譲渡の譲渡先として名を挙げているということである。

 しかし、営業譲渡については注意が必要である。譲渡先が臍帯血バンクを運営するノウハウを有しているのか、また同じような破綻に見舞われたりしない経営体力があるか、譲渡先の資質を慎重に見極める必要がある。できれば、譲渡先として既に臍帯血バンクを経営していて、経営が安定している会社を選定すべきであろう。

 前述したとおり、受寄者は善管注意義務や返還義務を負っている。このように譲渡しようとする営業に債務が含まれている場合は、その債務の債権者(本件では寄託者)の承諾がなければ、当該債権者に関する営業を譲渡することはできない。また、管財人が破産会社の営業を譲渡するためには、裁判所の許可も必要である。したがって、管財人が寄託者の意思を無視して勝手に臍帯血バンク事業を譲渡することはできない仕組みとなっている。

 なお、個人情報保護法では、個人情報を本人の許可なく第三者に譲渡することはできないこととなっている。しかし、これには例外があり、「合併その他の事由による事業の承継に伴って個人データが提供される場合」(23条4項2号)は、本人の許可はいらない仕組みとなっている。しかし、個人情報保護法で例外規定があったとしても、前述の寄託者の承諾や裁判所の許可が不要になるということはないので、心配はいらない。この点、個人情報保護法のこの例外規定は、合併等で個人情報の保有主体が変わることによって、個人情報の安全管理等に支障が生ずる事態がありうるという視点が欠落しているように思われる。

■破綻を織り込んだ仕組み作り

 上述の通り、臍帯血バンクが破綻しても、寄託者は臍帯血や個人情報を取り戻す仕組みは用意されているし、営業譲渡についても寄託者の規制が及ぶ立て付けになっている。しかし、そうは言っても経済的破綻の混乱の中で、破綻した会社には何ら資産が残っていないケースが多い。そうなると、新しい保管先や営業譲渡先が見つかるまでの間の保管費用も捻出できないような事態も起こりうる。また、新しい保管先を個人が探し出すことも、なかなか困難である。

 このような状況を踏まえると、監督官庁や関係者は、臍帯血バンクの破綻に備え、破綻時の緊急預かり先の整備や、そのような事態に備えての供託金の制度などを整備する必要があるのではないだろうか。
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