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コラム
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(掲載日 2010.03.23)

 ドイツの代表的オピニオン雑誌である”シュピーゲル(Spiegel)”がWHOと公衆衛生専門家、そして製薬企業を批判した。

 2009年に発生したブタインフルエンザは本当にパンデミックインフルエンザであったのか?それとも製薬業界と結びついた専門家やロビイストによる、集団ヒステリーへの煽動では無かったのか?そうした中でWHOはどのような役割を果たし得たのか?疑問を呈した。

 シュピーゲルの編集者達が詳細な調査を基に、“2009年ブタインフルエンザ”の真実を露わにすべく長編論説を2010年3月12日オンライン版に掲載した。世界に大きな反響を起した。

 以下、その論説の概要を筆者のコメントを交えて紹介する。

 最初にシュピーゲルの編集者達が奇異に感じた事実として、ブタインフルエンザが流行しだした2009年6月頃、WHOや各国の保健担当者が想定した死者数と、流行が終息状態に入った時点での死者数が余りにも違いすぎることだった。 

 WHOは世界で少なくとも200万人は死亡すると予想したが、現実には16500人の死者しか出ていない。一方、米国保健当局は20万人の死者が出るとしたが、現実には公式確認死者数2600人(12000人:推定値)前後、さらにドイツでは10万人の死者が予想されたが、実際にはなんと240人に過ぎなかった。こうした状況は英国でも同じだった。もちろんWHOが言うように正確な死者数の把握は1年以上要するかも知れない。しかし、その数値が一桁も二桁も増えるとは思えない。

 保健当局者および専門家達が当初予想した数値よりも一桁以下も少ない死者数に、シュピーゲルの編集陣は大きな疑問を抱いた。

 専門家達はパンデミックインフルエンザとしての判断から死者数を想定したが、その死者数が想像を絶する程少なかったことは、このブタインフルエンザがパンデミックインフルエンザの定義に合致するのかが問題となる。

 シュピーゲルでは定義に関わるいくつかの問題を露わにした。

  WHOでは国際保健規則(International Health regulations :IHR)を定めていて、そこでパンデミックが定義されている。その定義によると、新ウイルスが世界の数カ所で拡大し続けて、制御がつかない状態とされる。規則では病原性の程度については触れていない。要するに鼻水程度の症状のインフルエンザでも、世界中に広がるとパンデミックと呼ばれることになるという。

 しかし現実的には疫学専門家の大多数はパンデミックという用語を、病原性の高いウイルスと結びつけて考えてきていた。そして、WHOのウエブサイトでも、”パンデミックとは?”という質問に、”莫大な数(enormous number)の死者と感染者が発生”との意味が含まれていた。

 しかし、CNNのレポーターが、発生しているブタインフルエンザの臨床症状が軽度であることから、WHOのQ&Aのパンデミックの定義には当てはまらないことを指摘すると、WHOは2009年5月4日、ウエブから突然それを削除した。

 それは極めて不可解なWHOの行動ではあったが、シュピーゲルではさらに以下のように詳細に事態の推移を伝えている。

 ジュネーブで2009年6月11日、チャン事務局長が”パンデミック宣言の”決断を下したとき、彼女は英国、中国、日本を含む多くの国が明確な定義無しに、パンデミックを表すフェーズ6に引き上げることに反対しているのは分かっていた。香港の保健局長官も、パンデミックの定義を更新すべきだと語っている。オーストラリアの疫学者で、パンデミック宣言を論議したWHOの緊急会議の座長であったマッケンジー氏も後から次のように語っている。我々はフェーズ6(パンデミック)の定義を調整し、疾患の重症度をも考慮に入れる必要があった。

 また5月には、WHO自身もマッケンジー氏が示唆したような方向で定義を改正することを考えていたとされる。

 しかしその後、WHOは、パンデミックの定義に、重症度も考慮に入れるという考えを捨てた。

 なぜ?

 その理由は色々考えられるが、全て憶測に過ぎない。

 しかし一つだけ確かな理由はあると、シュピーゲルの編集陣は述べている。ジュネーブのWHOと強い関係を持つ団体が、可能な限り早期にフェーズ6宣言を行うことに多大な関心を抱いていたことである。

 その団体とは製薬企業である。

 シュピーゲルの編集陣は、WHOのパンデミック宣言に世界の大手製薬企業の圧力があったと推定している。

 2010年1月末にフランスのストラスブルグに本部のあるヨーロッパ評議会で、WHOのパンデミック宣言の妥当性に関して公聴会が開かれた。WHOのパンデミックインフルエンザ責任者であるケイジ・フクダ氏も出席して、WHOの考え方を説明している。

 「製薬企業は、我々のパンデミック決定に何ら影響はもっていなかった」と同氏は語っている。

 しかし2009年5月中旬、パンデミック宣言の3週前に製薬企業の代表30人がチャンWHO事務局長と国連のバン・ギムン事務総長と会っている。会談の公的目的は、途上国へのワクチン提供の確保ということになっていた。しかしこの時点で製薬企業は一つの問題にしか興味を持っていなかった。それはWHOによるフェーズ6宣言である。

 シュピーゲルの編集者達はこの状況について次のように表現している。

 全てはパンデミック宣言に絡んでいる。それにより、世界の人口に大量のワクチンを供給する決定がなされる。宣言により企業のレジスターがベルの音と共に開く。全くリスクを伴わない現金収入となる。その理由は、既に多くの国と製薬企業の間で、WHOのパンデミック宣言時に、ワクチンを購入する契約がなされていたからである。例えば、ドイツは英国のグラクソスミスクライン社と2007年に、パンデミック宣言がなされると直ちにパンデミックワクチンを購入することを契約している。それ故英国政府の科学的顧問であるロイ・アンダーソン教授が、5月1日に、ブタインフルエンザはパンデミック状態であると発表した際、教授の発言意図が詮索された。同教授はグラクソスミスクライン社から年収として17万7千ドル以上得ているとされるが、同教授はそれについてはノーコメントである。

 WHOによるパンデミック宣言がなされた後、6月中旬、グラクソスミスクライン社のドイツ支社のトップが、ドイツの保健大臣ウラ・シュミット氏に、契約に従った供給量の確認を求めた。また同社はドイツ国内の各州に対して、契約に従った発注を行うように求めた。(各州が連邦政府経由で発注契約していた)。

 2009年8月29日。シュピーゲル編集部は世論調査でドイツ国内のワクチン接種希望者はわずか13%しかいないことを確認し発表した。

 しかし9月7日、連邦保健大臣はドイツ国民全員(人口8200万人)に接種するだけのワクチン量が必要と主張し、既に発注していた5000万接種量に、1800万接種量の追加購入を各州の保健大臣に要求した。多くは反対の意見を呈したが、専門家や製薬企業からの圧力にも近い警告の言葉が影響していて、各州は反対しきれなかったとされる。

 ロベルト・コッホ研究所をはじめとする国内の研究所の専門家達が、このパンデミックでドイツ国内で8万人の死者が出て、数兆円の経済的損失が出るだろうと6月に警告を発していたからだ。また製薬企業は各州の保健局に、購入ワクチン量および抗インフルエンザ薬量等の確認を、最後通牒のように頻繁に連絡してきた。感染者はさらに多く増えるが、それだけの量で十分なのかと、それは警告に近い。

 2009年10月9日、ドイツ医学協会の薬品委員会委員長が次のように語っている。

 保健当局は製薬企業のキャンペーンに引きずり込まれた。製薬企業は収入を増やすために様々な形で想定される脅威をアピールしていた。

 2009年10月21日。“ビルド(BILD)紙”は刺激的な黄色でヘッドラインを浮き出させた。“ブタインフルエンザはドイツ国内で35000人の死者を出す可能性!”。 そのように語ったのは高名なアドルフ・ウィンドルファー教授であった。彼はその根拠無き煽りを批判され、圧力を受けると、英国のグラクソスミスクライン社とスイスのノバルティス社を含む製薬企業から報酬を受けていることを認めた。“ビルド”の、そのヘッドラインの次には、ドイツ製薬会社協会の広告が掲載されていた。

 2009年11月28日。ドイツ国内でブタインフルエンザは下火に向かった。誰もワクチン接種を希望しなかった。

 2009年12月8日。英国の道路サービスでは国内の氷結した路面に砂を撒いていた。労働党下院議員のポール・フリン氏は、英国議会で、政府の備蓄している不必要なタミフルを砂の代わりに路面に撒くことを要求。”コックラン共同研究(根拠に基づいた医学に準じている医学論文を審査している非営利団体)では、抗インフルエンザ薬の効果は比較的小さいと発表。

 2010年1月26日。ウォルフガング・ウダルグ氏(ドイツ議会議員)がストラスブルグに本部があるヨーロッパ評議会に、世界中で多数の人々が正当な理由無くしてワクチン接種を受けていると告発。ウダルグ氏によるとWHOのパンデミック宣言により、製薬企業に180億ドル(約2兆円)の新たな収益がもたらされたという。年間のタミフル売り上げも435%に増えて22億ユーロ(2700億円)となった。 

 2010年3月5日。ドイツ政府は1000万接種量のワクチン(パンデムリクス)をパキスタンに売却することを考慮中と発表。

 2010年3月初旬。かってパンデミックインフルエンザ対策室として使われていたWHO本部の健康戦略指令センター(Strategic Health Operations Center:SHOC)は、他の災害対策等に使われ、パンデミックインフルエンザ対策には使われていない。WHOの(パンデミックに対する)雰囲気は緊張感が失われつつある。プレスオフィスには絶えずスタッフが待機していることはなくなった。職員駐車場にジャーナリストのために用意されたテントは既に撤去されている。

 しかしWHOの専門家委員会は、未だパンデミックがピークを越えたとは宣言していない。

 このパンデミックとは何だったのか?行われた対策は全て緊急対策として理にかなっていたのだろうか?WHO顧問や製薬企業のロビイスト達が推し進めた対策。当局は全て正しいことを行ったのだろうか。

 シュピーゲルの編集者達はそのような疑問を発し、そして次のように結論している。

 間違いなく、違う。WHOも、ロベルト・コッホ研究所も、さらには他の専門家達も(医科学専門機関として)プライドを持つべきだったのだ。これらの機関は”賭博”で信用を失った。

 次のパンデミックが起きたとき、誰が彼らの判断を信じるだろう?

 現在、ヨーロッパでは各国保健省によるブタインフルエンザ(A/H1N1)対策への批判が強くなっている。

 これはパンデミックと呼ぶべきものだったのか?

 そもそもパンデミックとは何なのか?

 不思議なことに米国や日本では、現在そのような議論は起きていない。
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