|
(掲載日 2010.05.04) |
■はじめに
最近、親が幼いわが子を虐待の末、死なせるというニュースが続いている。あるいは、別れ話がこじれて、妻や恋人、その家族を傷つけるといった事件もある。これらは家庭の中で、家族の間で起こる殺傷事件である。本来、家庭は最も安心できて、かつ、親愛、癒し、慰めを与え・受け取ることのできる場所である。そんな家庭で起こる悲惨な事件なので、最初の頃は強烈かつ悲惨な印象を私たちに与える。にもかかわらず、2件、3件と続くと、「またか」思うようになり、あたかも、珍しくない事件のように社会の中で受け止められるようになってしまう。
このような家庭内暴力・虐待事件に対しては、現在、わが国でも様々な対策が講じられている。本稿では、その対策うち、わが国が遅れているとされる加害家族に対する取り組みを取り上げることとする。
■1.わが国の家庭内暴力・虐待法制
道路を歩いていて、見ず知らずの人間に殴られ怪我をさせられたら、相手方加害者には刑法が適用される。他方、家庭の中で親が子供を、夫が妻を殴っても、これまでの長い間、不問に付されてきた。それは、一つには「法は家庭に入らず」が示すように、家庭内のトラブルは家庭の中で解決できる、また、そうするべきであるという考え方が支配的であったこと、もうひとつは、前記のような死に至らしめるほどの異常な事件は多くなく、家庭に任せておいても、大きな支障がなかったこと、などがあげられる。
しかし、近年、家庭内での暴力・虐待事件が量的に増え、かつ、その内容が深刻・悲惨さを極めるようになり、ついに、これら事件を対象とする立法がなされ、家庭内の事件事故であっても国家や社会が積極的に介入することとなった。
日本の特徴は、被害対象者別に法制度があることである。すなわち、配偶者間の、いわゆるDV法、児童虐待防止法および高齢者虐待防止法である。
DV事件の被害者は成人であり、自分で助けを求めることができることが想定されている。それでDV法は主として、暴力からの解放と自立支援を規定する。前者は接近禁止、退所の各命令等、後者は就労、住宅、生活などの各支援である。
児童虐待防止法は、子供たちがSOSを自分から発することができないことが前提となって作られている。そのため、第三者による早期発見、通告が規定され、虐待する親から分離する一時保護や施設入所が定められている。高齢者の場合は、その生活能力が個人により大きく異なっているが、法律の構造は児童虐待防止法のそれと類似している。
■2.日本の加害家族施策
家庭内暴力・虐待事件においては、まず、被害者たちを加害家族から分離し、身の安全を確保することが最優先である。しかし、なかには家庭にとどまる・とどまらざるを得ない者、一時的に離れて暮らしても、元の家庭に戻る者など、当事者たちが事件後にも継続して、あるいは再び一緒に暮らす例が少なくない。
これは、とりわけ児童の場合、解決の最終目的が家族の再統合に置かれていること、避難できる施設が不足していることなどが背景にある。DV被害女性や高齢者の場合は、世間体や経済的事情などもあると指摘されている。
被害者が暴力・虐待現場である家庭に残る、あるいは戻る場合に、最も重要なことは加害家族による暴力の停止、再発防止である。しかし、このための対策は、わが国の場合、他の施策に比べて未整備、不十分な点が多い。
すなわち、児童虐待や高齢者虐待の早期発見のために、法律は特定の職業に従事する者には通告義務を課したり、一時保護するための施設を用意している。DV被害者には、官民が協力して一時避難所など、住宅の確保に努め、また、加害配偶者から離れても自立して生活ができるよう多様な保護施策を展開している。
これに対して、加害者に暴力・虐待を止めさせ、再発防止を期する規定は、もっぱら関係機関による相談・指導であり、そのなかで一定の強制力を持つ規定は児童虐待防止法にしかない。しかし、児童虐待においても、事件数の増加、それに追いつかない人員体制などの事情により、虐待親に対する指導・相談が十分に機能しているとはいえないのが現状である。
■3.諸外国の例と日本への示唆
欧米諸国における加害家族対策(以下、加害者更正プログラム)には、わが国が参考とすべき諸点が多い。まず、多くの国では、加害者更正プログラムが法定され、プログラム受講が義務となっている。
これが可能なのは、家庭内の虐待・暴力事例に、殺傷事件のような重大事件に至らない事例にも、裁判所が積極的に関与する制度があるからである。家庭内、とりわけ児童虐待を専門とする裁判官あるいは検事の数が、わが国の数倍の国もある。
日本の場合、DV加害者に対する更正プログラムは、いくつかの自治体や民間団体が試験的に実施しているにすぎない。加害者更正プログラムが、どれほどの効果を有するかの詳細な検証が必要であることは言うまでもないが、その検証が不足している、あるいは効果が不明であることを理由に、加害者更正に消極的でよいということにはならない。
ところで、加害者更生プログラム検討に際して、わが国の高齢者虐待防止法が参考になる。同法は高齢者を介護する者−法律上は養護者と呼んでいる−が介護に疲れた末に虐待をする、しかも周囲から孤立して他者に助けを求めることもできない状態におかれている場合を当初から想定して、養護者自身も法の支援対象としている。
このような法の思想を他の暴力・虐待事例にも及ぼし、虐待する親や配偶者を、被虐待者と同じレベルで支援の対象とする制度のあり方が今後は必要になるだろう。そして、諸外国の加害者更正プログラムの法定化を参考に、日本で実現可能な加害者更正プログラムの整備充実が今、急務である。
--- 片桐由喜(小樽商科大学商学部教授)
|
|
|
|