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(掲載日 2010.06.15

 特別養護老人ホーム(特養)の不足が深刻化している。一部の地方自治体は、解消策として個室ユニット型と多床室を併設した「一部ユニット型」の新設へ舵を切ろうとしているが、厚生労働省は個室ユニット型以外の新設を認めない。マスコミは「厚労省VS自治体」と面白おかしく報じているが、そんな単純な話ではない。“終の棲家”が“ガマンの小部屋”へ変貌しかねないからだ。

 5月下旬、朝日新聞の神奈川版に「特養、個室か相部屋か」の見出しが付いた記事が載った。「個室を推進する国と相部屋も必要だとする県が対立している」というのが論旨。川崎市にある社会福祉法人が個室と従来型(ユニットタイプではない多床室や個室)を併設する一部ユニット型の新設を川崎市に申請したところ、市や県はゴーサインを出したいが、厚労省が渋っているという。

 厚労省が一部ユニット型を認めないのは「プライバシーや個人の尊厳を守るには個室ユニット型が基本だ」との理念からだという。事実、2003年4月以降、一部ユニット型の新設を認めず、「一部ユニット型を新設した場合、介護報酬は従来型の報酬(個室ユニット型より低い)を適用すべきだ」と説明している。

 これに対し、川崎市の担当職員は「理念や理想を追い求めても、現実がついて行かない」と反発している。一部ユニット型の新設を認めざるを得ない理由として@特養への入所希望が殺到しているA個室ユニット型は一部ユニット型より建設コストや人件費などが高く、増設が進まないB個室ユニット型は利用者負担が多く、支払い能力のない待機者が入所できない―などを挙げている。要は、「個室ユニット型は理想的だが、コストも利用者負担が高く現実的ではない」(同職員)というのだ。

 特養待機者は、ざっと42万人。2005年10月以降、食費と居住費が自己負担化され、低所得者が高い個室ユニット型に入れないケースが全国的に発生している。都道府県広域連合が介護保険から補足給付したり、特養が肩代わりしたり、自治体が助成したりするなど、自治体や特養は対応に苦慮しており、結果として、厚労省の期待ほど個室ユニット型が増えていないのが実情だ。

 こんな折、厚労省は個室ユニット型の居室面積基準を13.2uから10.65uに縮小する方針を打ち出した。居室スペースを多床室並みに狭める代わりに、介護報酬を抑え、低所得の待機者を減らそうというのが最大の狙いだ。「狭い分だけ、安い」という“廉価版・個室ユニット型”の登場だ。

 介護保険制度は、当初、「家庭介護から社会的介護へ」がスローガンだった。しばらくすると、財源難を理由に、「施設介護から在宅介護へ」が強調されるようになり、どうみても、施設介護サービスのグループホームまで在宅介護サービスに位置付けられるなど、数字合わせが目立ち始める。国民からみれば、「量」も「質」も確約されなくなった。

 超高齢社会に見合う介護サービスの拡充と財源の確保は、一義的に国と政治の責任だ。厚労省の事務文書では、今も、特養は“終の棲家”だ。だが、国も政治も、低所得者には、“相部屋”または“ガマン小部屋”しか用意されなくなるとしたら、理念もマニフェストもへったくれもない。

--- 楢原多計志 (共同通信社 客員論説委員)

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