レジリエンス、組織の心、人の心
岡部紳一 アニコム損保 監査役・博士[工学]
レジリエンスという言葉を新聞などでも時々見かけるようになった。この言葉と出会ったのは15年ぐらい前になるが、ISOのBCP(事業継続計画)規格の草案作成に関与し始めた頃だった。まだ当時は適切な訳語がなく、リジリエンスと訳される大学教授もおられた。
ちょうど20年前にNY同時テロでワールドトレードセンタービル2棟が倒壊する大惨事があり、東日本大震災から10年となった。現在は世界中が新型コロナ禍の大変な事態が1年以上も続いている。NYのテロ攻撃、東北の巨大地震、さらに世界に蔓延したパンデミックと、この20年間にはいろいろな災害が多発した。東日本大震災の2年後に国土強靭化基本法が制定され、大災害に強い国土を目指す政府の方針がはっきり示された。この強靭化の原語がレジリエンスである。国土強靭化とナショナルレジリエンスがともにキーワードとなっている。
レジリエンスは、もとは物理学で外力による変形に対する復元力、弾性と定義されている。心理学でも人や組織に当てはめて、病気や困難など逆境やストレス状態などからの回復力または治癒とされ、組織レジリエンスとして組織レベルで回復力や企業属性などの視点からも研究されている。
組織のレジリエンスを考えるうえで、私が参考にしている非常に興味深い海外の二つの研究がある。その一つの研究(※注1)は心理学の観点から、レジリエンスな人に共通する特徴を三つ挙げている。➀悲観的にならずに冷静に現実を見つめる能力、➁どんな状況にあっても絶望せず生きる意義を見出す能力、➂手元にあるもので、自分に合った解決策を作り上げる能力。冷静に現状を把握し、希望を持ち続ける楽観性とできるところがやっていくマメな性分と言えばいいだろうか。これらの特徴が組織にも当てはまるという。
もう一つの研究(※注2)は、小規模ながら欧州の中小企業に対するインタビューに基づく研究で、レジリエンスが弱い企業の四つの特徴を挙げている。➀ 設備などハード面に注目し、人間関係などソフト面に注目しない、➁目の前で火災が起こらない限り対応しない常に受け身な姿勢、➂事前の計画や準備段階をあまり考慮しない、 ➃ステークホルダーと良好な関係を保つことにほとんど関心がない。周りに目を配るのが苦手で、目の前のトラブルしか目に入らない、自己中心的な組織と言えるだろうか。ワンマン経営の多い中小企業では、何事もトップダウンの強い指示命令だけで処理しようとする傾向が、組織が変革する阻害要因となっているとも指摘しているのは興味深い。
長年BCPに携わってきたので、災害や事故に強く早く立ち直れる企業とはどのような組織であるのかが、私がずっと抱えている関心事である。国の災害対策の根幹である防災基本計画の柱の一つである企業防災に大企業と中堅企業を中心にBCP作成を明記している。内閣府が隔年で実施している令和元年の防災及びBCPの取組み実態調査によると、BCPを策定した割合が大企業で約7割、中堅企業で3割強と大企業を中心ではかなり普及してきた。
策定したBCPがどの程度計画通りに機能するかについて私も調査を行っているが、BCPが計画通りに機能すると自己評価している企業は1/3に過ぎない。上記の内閣府の調査ではBCPを推進する問題点や課題を尋ねており、その回答の上位2項目に「BCPに対する現場の意識が低い」、「部署間の連携が難しい」が挙がっている。これらは、BCP分野に固有の問題点というより組織マネジメントに関わる事項である。現場社員の意識の問題点は、BCPに限らず、ほかの分野の取組みでもよく見られる課題であるが、これは社員側の個人の問題と捉えるのは間違いであると思う。私も参加した最近の災害対応に関するアンケ―ト調査でも、トップの意識の低さと社員の意識の低さには関連性(相関性)があるとの結果が出ている。トップの意識の低い企業では、現場社員の意識も低い傾向がある。これは因果関係を示したものではいないが、論理的に考えるとトップの意識の低さが社員の意識の低さに影響を与えているといえるだろう。
人の心にも感性があるように、組織にも感性があると思われる。リスクに対する感性とその姿勢が組織のレジリエンスの傾向を示しているといえるだろう。組織は人の集まりであるので、レジリエンスのある組織の心はどのように醸成されるのか。トップだけの意識や、BCPリーダーの意識だけでは組織の心にならない。私の調査結果などからも、組織の心を作り上げるためには、一般の社員の意欲に火をつけて、一つの方向に束ねてまとまった集団の力とできるかどうかにかかっている。それには、組織全体の情報共有と風通しの良い環境がベースになっている。BCPで言えば、想定される事業中断を引き起こす災害や事故の非常事態、つまり緊急対応を必要とする被害状況を具体的に全社員がイメージして共有し、社員のやる気や、マメな能力をそれぞれに与えられた役割に活かすことで、一本化した取組みで会社が盛り上がっていくことである。BCPの取組みには、ほかでは見られないユニークな一面がある。全社員に全社を挙げて会社の存亡の機について一緒に考える機会が与えられることである。BCPに類似する他の分野の組織マネジメントである品質マネジメントや環境マネジメントなどでも、日常の業務において、現場社員にこのような会社の存亡に係るような重大な課題を与えられることはまずない。企業でBCPを作成することで、愛社精神が高まったという中小企業社長もいる。BCPは、事業継続に関する組織の能力を開発し確立することであるが、作成したBCPを計画通りに実行させるために腐心するものの、残念ながらBCPを実行する人の集団としての組織の心やその実行能力の面から見直すことはあまりなされていない。レジリエンスのある組織の心を醸成することが、組織の能力を高める重要な第一歩であると思われる。
【引用元】
※注1 Coutu(2002): Coutu,D.L., “How resilience works”, Harvard business review, Vol.80, No.5, pp.46-56, 2002
※注2 Ates et al(2011): Aylin, and Umit Bititci. “Change process: a key enabler for building resilient SMEs.” International Journal of Production Research Vol.49,No18, pp. 5601-5618, 2011
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岡部紳一
アニコム損保 監査役・博士(工学)