どこが❝科学的❞なのか
楢原多計志 (福祉ジャーナリスト)
2021年度介護報酬改定の大きな特徴が介護保険サービスの基本報酬に上乗せされる加算の新設と要件の緩和だ。コロナ渦、介護サービス事業者の救済が目的だが、介護業界で話題になっているのが新設される「科学的介護推進体制加算」。どこが「科学的」なのか。
“加算漬け”の日々
「基本報酬だけでは経営が成り立たない」と多くの介護事業者が言い切る。
介護事業者の支払われる介護報酬は1階が基本報酬、2階が加算という2層構造になっている。いずれも利用者は原則1割を負担する。介護保険は基本報酬で経営が成り立つように設計され、2000年にスタートした(はずだった)。
ところが、基本報酬の引き上げが抑え込まれ続けた(たまにはプラス改定もあったが)。結果、加算を取得しなければ、居宅系、通所系、施設系いずれの事業も成り立たない“加算漬け”の経営体質に変質している。
かつて、マスコミから「終の棲家」と持ち上げられ、入所待機者が40万人とか、60万人とか、「狭き門」と言われた特別養護老人ホーム(特養)でさえ加算を算定しない経営は成り立たなくなっている。
特養(他の介護保険施設含む)には約30もの加算が用意されている。ベテラン介護職員の離職防止を目的とする「介護職員等特定処遇改善加算」、看護師の配置を手厚くする「看護強化体制加算」、入所者の最期を看取る「看取り介護加算」、床ずれを防ぐ「褥瘡マネジメント加算」(減算もある)など。褥瘡を見逃すようなケアってなんだ。介護のイロハは基本報酬に含まれているのではなかったのか。
おんぶ+抱っこ
21年度介護報酬改定の改定率はプラス0.70%。これを原資に厚生労働省は全ての介護サービスの基本報酬を引き上げ、さらに今年9月末までの間、基本報酬に0.1%を上乗せする(特例評価)とした。
しかし、この程度の引き上げでは介護事業者を根底から救うことはできない。そこで、厚労省は姑息な常套手段をまた繰り出した。加算の要件緩和だ。例えば、ICTシステムを導入すれば、深夜の介護職員や看護師の配置要件を緩和(人減らし)する。
一方、ICTや介護ロボットの導入に都道府県の医療介護総合確保基金(返済不要)を利用させる。まさに、おんぶに抱っこ状態。
一方、配置人員減で介護従事者の負担が重くなることは目に見えている。
基本報酬も加算も財源は、介護保険料や利用者一部負担、税金、そして現役世代の拠出金。厚労省担当職員は地方自治体や業界向けの説明会で「是非、加算を算定してほしい」と誘いをかける。こんな改定が何回も続いている。
“科学的”の意味
21年度介護報酬改定で新しい加算が登場する。注目されているのが「科学的介護推進体制加算」。厚労省は「エビデンス(科学的根拠)に基づいたケア(介護)に取り組む事業者が算定できる加算だ」という。
特養の場合、算定できれば、事業者には入所者1人当たり月額400円または600円(要件の違いで報酬単位が違う)の増収になる。
算定要件は、事業者は施設ごとに厚労省のデータベースCHASEとVISIT(4月からLIFEに名称変更)に利用者全員に関する生活状況や栄養、口腔、認知症などの情報を入力し、フィードバックを受けて介護現場でPDCA(計画・実行・改善・行動)サイクルすること─だという。
利用者のデータを厚労省に報告し、介護現場で活かせば、加算が付く。何のことはない。データ入力と活用で加算が取れる仕組みだ。
そもそも「科学的介護」とは何か。19年7月、厚労省の「科学的裏付けに基づく介護に係る検討会」は報告書に介護分野でも科学的手法の必要性やデータの蓄積・活用の必要性を明記したものの、「科学的介護」を明確に定義付けていない。定義を曖昧にしたまま新加算が創設された感がぬぐえない。
厚労省の狙いは2つあるように思う。1つは利用者のビッグデータを国が入手すること。使い道は山ほどある?2つ目は地域間や事業者間の差を比較できるようにしたデータ(数字)をフィードバックし、競争意識を持たせることによって、より効率的で生産性の高いケア(安上がりケア)を実現することではないか。
頼まれもしないのに、毎年、国民医療費の自治体間の差を公表している保険行政のやり口によく似ている。
最大の問題は、加算の創設・要件緩和が厚労省や事業者などの限られた組織の間で議論され、結論付けられていることだ。介護給付費分科会の論議には被保険者・利用者の声がほとんど反映されていない。公益委員もいるにはいるが、研究職が多く、被保険者・利用者の視点とは程遠い。事業者と保険者が中心の審議会は根本的な組織改編が必要だ。
特養の施設長が心配する。「利用者や家族から『領収書にある科学的介護…加算』って何ですかと聞かれたら、説明しきれない」
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楢原多計志(福祉ジャーナリスト)
◇◇楢原多計志氏の掲載済コラム◇◇
◆「事実上、”訪問リハビリステーション”」【2020.12.1掲載】
◆「十人十色 要は・・・。」【2020.9.1掲載】
◆「オンライン診療 どこまで」【2020.4.21掲載】
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