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「入管法改正」問題

清宮美稚子 (編集者・『世界』元編集長)

政府は、外国人の収容や送還のルールを見直す「出入国管理法改正案」の成立を今国会で狙っている。2月19日に閣議決定、4月16日に審議入りした。しかし、この法案の問題点がメディアでも多く取り上げられるようになり、連休明けすぐの5月7日に予定されていた衆院法務委員会での採決は見送られた。名古屋入管で3月上旬、収容中に死亡したスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさん(33歳)の遺族3人が5月初旬に来日し、死に至った真相の究明と上川法相との面会などを求める事態になっていることを受けて、野党がその事案の解明が不十分であるとして慎重審議を求めているなどの背景がある。ただ、いつ採決が強行されるかは予断を許さない状況が続いているという。

日本の入管収容政策を考える材料が揃っているのは、一般には今まであまり注目されてこなかったこの問題に長年取り組んできた法律家やジャーナリスト、NPOの方たちなどの努力と知見が積み重ねられているからだ。この小文も全面的にそれらに依っている。

全国難民弁護団連絡会議(全難連)のサイトには、入管被収容者の死亡事件一覧が出ている。それを見ると、不自然な病死や不明(職員による暴行致死の疑い)もあり、自殺は6件にのぼっている。仮放免を求めてハンガーストライキ中のナイジェリア人男性が餓死したケースもある。

ウィシュマさんの場合は、留学の在留資格が切れて超過滞在となり、逮捕され入管施設に収容されたが、その後半年で体重が20キロ近くも減るほど体調が悪化し死亡した。死亡原因はいまも「未判明」とされているが、亡くなる2日前に診察した精神科医師が、仮放免の必要性を入管側に文書で指摘していたとも報道されている。

難民申請中の人をはじめ、さまざまな事情で国に帰れないため在留資格がないまま日本で暮らしている外国人は、退去強制の対象となれば、それが可能な時期まで無期限の入管収容ができることとされている。また、仮放免の制度の運用も出入国管理庁に大きな裁量が与えられている。入管施設内では、多数の職員から暴行を受けている様子を捉えた監視カメラの映像が公開され、世間に衝撃を与えたクルド人デニズさんのケースなど、人権侵害が多く報告されている。

このような日本の入管収容政策は、これまでも国際法違反として大きな批判を受けてきた。国際機関からも、自由人権規約や人権条約に違反すると何度も勧告されてきた。2020年9月、国連の「恣意的拘禁作業部会」が日本の入管における収容を「自由権規約等に違反する」と発表したことは記憶に新しい。それが、「改正」によって「送還忌避罪」(退去命令拒否罪)、「仮放免逃亡罪」のような罰則の新設が盛り込まれるなど、国際人権基準からますますかけ離れた内容になるとさらに批判されている。3月31日には、国連人権理事会のもとにある4人の特別報告者が「改正案」への「深刻な懸念」を示す共同書簡を日本政府に送った。4月9日には国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が「改正案」に「非常に重大な懸念」を示し、全面的見直しを求めている。

そもそも在留資格のあるなしにかかわりなく、国際人権基準に則って個人の人権が保障されるのは当然のことだ。「入口の時点で入管法違反があったとしても、(中略)入管法違反ですべてが決まるのではない、守られるべき権利の国際基準がある」(申惠丰青山学院大教授、『世界』2020年12月号座談会での発言)。入管収容施設では、心や体の不調を訴えても医療を受けるまでに時間がかかるという指摘もある。医療者の立場からすれば、ウィシュマさんやその他の入管施設での不可解な死亡事件のように、長期の収容が命をも脅かすという状況が放置されることは、あってはならないのではないだろうか。

さて、自らも在留資格のない身でありながら、20年にわたって足繁く入管施設に通い、収容者たちに面会して励まし相談に乗ってきた人がいる。ナイジェリア人女性のエリザベスさんだ。その活動を一年半かけて取材したNHK・Eテレのドキュメンタリー「エリザベス この世界に愛を」(1月23日放送)を見た方も多いのではないか(現在もネットで見ることができる)。

エリザベスさんは、25年も日本に暮らしている。2回目の難民申請中だ。入管法改正案では、入管施設への収容が長期化している問題の解消を目指すとして、難民認定申請中は送還が停止される規定に例外を設け、3回目からは申請中も送還できることが盛り込まれている。このことは彼女にとっても大きな懸念材料だ。

難民の定義は、「人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であることまたは政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあって国籍国の保護を受けられない、またはそれを望まない人」(難民の地位に関する条約、1951年)であるが、日本では定義の解釈が厳格すぎることが難民認定率の低さにつながっていると指摘されてきた。実際、2019年の数字を見ると認定されたのは44人、認定率0.4%で、欧米の国々とは桁が二つ違っている。

NHKの番組を見て衝撃を受けたのは、エリザベスさんが国を離れた理由がFGM(女性性器切除)から逃れるためだったということだ。FGMはアフリカ、中東、アジアの一部の国々でいまも行われている「慣習」であるが、医学的根拠に基づいたものでは全くなく、危険で女性の身体に(もちろん精神にも)大きな負担をかけ、最悪の場合は死に至ることもある。

女性に対する深刻な迫害として世界的に認知され、欧米では難民認定の基準としても確立しつつあるという。特に、フランスのマクロン政権が積極的だ。しかし、2020年8月、FGMを理由に難民認定を求めたエリザベスさんの訴えは東京地裁で退けられた。判決は「恐怖を抱くような個別具体的、客観的な事情が存在するとは認められない」と述べたという。

毎日新聞の渾身のルポ「死後に届いた在留カード」(4月27日付)も衝撃的だった。難民申請中にがんで死去したカメルーン人女性レリンディス・マイさん(42歳)が母国を出たのも、婚約者からの暴力やFGMの慣習から逃れるためだったというのだ。難民申請を繰り返したが、難民認定も在留資格も得られず、入管収容中は十分な医療措置を受けることもできなかったという。品川入管から「在留カード」が届いたのは息を引き取ってから3時間後のことだった。実は冒頭で紹介したウィシュマさんも、日本で知人男性のDVと脅迫からの保護を求めて警察に出向いたところ、逆に逮捕され、入管施設に収容されてしまったのだった。

このようななか、難民の認定基準を定める指針を策定中の出入国管理庁が、「ジェンダー」に関連した迫害を指針で規定する方針を固めたという報道があった(5月4日付朝日新聞)。性的指向や性自認に起因する迫害などについても検討しているとするが、明らかに「ジェンダーによる迫害」であるFGMやDVについても、当然検討すべきではないか。

難民や入管問題における「ジェンダーに配慮した処分」について日本が立ち遅れていることをエリザベスさんへの司法判断が如実に示しているが、もちろん問題はジェンダーだけではない。一貫して難民支援にかかわっている駒井知会弁護士が指摘する(『世界』前出座談会参照)ように、「滞在許可のない彼ら」を見れば「日本は弱い立場の人を守る社会ではない」こと、ひいてはこの問題が「日本に暮らす全員の問題」なのだということがわかる。「入管法改正」などもってのほかであり、国際人権基準に則った入管行政や制度の構築、法の運用が急務だろう。

医と法の連携は医療界と法曹界の一つのテーマであるが、入管問題についてこの角度からの問題提起も可能ではないだろうか。法と医、そして福祉の狭間に落ちてしまう問題が多いと感じている。

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清宮美稚子(編集者・『世界』前編集長)

◇◇清宮美稚子氏の掲載済コラム◇◇
◆「生理の貧困」【2021.1.5掲載】
◆「日本における冤罪の構造」【2020.10.1掲載】
◆「Withコロナ時代に響くオーケストラの音色」【2020.9.15掲載】

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2021.05.11