米中覇権争いの勝者は? 中国が犯した致命的なミス
河合雅司 (ジャーナリスト、人口減少対策総合研究所 理事長)
米中の覇権争いは、経済摩擦にとどまらず軍事衝突が懸念される段階に突入しつつある。
どちらが勝利を収めるのか気になるところであり、経済や外交、軍事といった各分野の専門家が両国の現状分析を試みている。しかしながら、超大国同士の対立は短期で決着するとは思えない。もう少し、長期にとらえる必要があろう。
そうなると、カギを握るのは両国の将来人口だ。もちろん、人口規模だけで国力を測ることはできないが、その動向は重要な要素である。
第二次世界大戦の下で使われた「人口戦」という言葉がある。当時は、兵士の数が軍事的優位を意味したため、将来的な兵士となる相手国の子ども数や出生数を各国とも重視したのだ。日本では軍部が中心となって「生めよ、殖やせよ」といったスローガンを展開されたが、これも「人口戦」の発想に基づくものだ。
兵器が進化した現代においては、さすがに「人口規模=軍事力の強弱」ではなくなったが、外交上の強力な「武器」となるマーケットの大きさや豊富な労働力に形を変えて「人口戦」は実質的に続いている。
そこで、本稿は「人口戦」という観点で、米中対立の先行きを見て行くこととする。
人口が持つ力を最もよく知っていたのは、中国政府だった。戦後間もない1950年は約5億5400万人だったが、現在は約14億1100万人を数えるまでに増えた。その巨大な人口によって、中国は世界に存在感を示してきたのである。
驚くばかりの人口膨張が無ければ、急速な経済成長を実現することもなかったであろう。中国政府が人権無視や強権的なふるまいを続けても、各国が見て見ぬふりを続けてきたのは、その巨大市場を失いたくなかったからだ。欧米が苦言を呈するようになったのは最近の話である。
ちなみに、2020年の国勢調査によれば米国の人口は約3億3000万人である。現状で比較すれば14億人を超す中国が圧倒的に有利ということとなる。英国のシンクタンク「経済ビジネス・リサーチ・センター」(CEBR)などは2028年にも中国のGDPが米国を逆転すると予測している。
だが、「人口戦」の観点からすると、このまま中国が米国との覇権争いを有利に進められるかと言えば、そうでもない。中国はすでに取り返しのつかない致命的なミスを犯しているためだ。
言うまでもなく、「一人っ子政策」のことである。その影響は、出生数の激減として表れている。そして今後は高齢化が急加速していくこととなる。
「一人っ子政策」のような産児制限政策は、「子どもが少ないこと」を前提とした社会システムの構築を促し、推進させていく。自らまいた種とはいえ、少子高齢化は中国社会に重くのしかかり、長期的な衰退をもたらすことだろう。
中国の合計特殊出生率は、2000年が1.22、2015年は1.05であり、現状を1.1~1.2台と見る専門家は少なくない。ところが、中国政府関係者はこれを否定し、「実際には1.5~1.6である」と楽観視してきた。
こうした中、2020年の国勢調査をめぐって中国政府の統計の杜撰さが表面化した。国勢調査は0~14歳人口を2億5338万人としたが、該当する年の年間出生数を足し合わせても2億3900万人ほどにしかならない。中国政府は、1400万人もの食い違いの釈明に追わることとなったのだ。
中国政府は国勢調査の公表に合わせて2020年の合計特殊出生率を「1.3」と発表したが、これまでに発表した人口データのずさんさを考えると鵜呑みにはできない。やはり、専門家たちが指摘する1.1~1.2台のほうが実態に近そうである。
中国国内外の専門家たちが指摘する通り2000年代初頭において合計特殊出生率が1.1~1.2台にまで下落していたならば、中国はすでに人口減少に転じているはずだ。仮に、中国政府が示す「1.3」であったとしても、2100年の中国の総人口は6億8400万人ほどにまで減る。
現状が1.1~1.2台ならば、母親世代と娘世代との比較で出生数がほぼ半減していく。他方、高齢化で死亡数は増えていくので、2100年を待たずして総人口は4億人を割り込み、3億人台にまで落ち込む可能性が出てくる。中国の少子高齢化の見通しについては、拙著『世界100年カレンダー』(朝日新書)に詳しいので参照して頂きたい。
一方、米国の総人口がどんな見通しかと言えば、少子化は進んではいるが、移民を積極的に受け入れて補っているため、先進国の中では珍しく人口が増え続けている。このまま移民の受け入れ方針を変更しなければ、2100年には総人口が4億3400万ほどとなる。今世紀末までに、人口を激減させる中国とほぼ同規模になるか、中国を抜くことだってあり得るということだ。
「人口戦」において、もう1つチェックすべきポイントがある。社会としての〝若さ〟だ。消費活動もイノベーションも若者を中心に進むからである。
これについては米国に分がありそうだ。米国も高齢化は進んでいるが、中国のスピードは速く2060年には高齢者数のピークを迎える。この時点での中国の高齢化率は33.8%となり、米国の24.1%を大きく上回る。
2060年に高齢者数がピークを迎えるということは、これからの40年間の中国は、日本と同じく若い世代が減りながら高齢者だけが増え、現役世代の負担が大きい社会になるということだ。
65歳以上の高齢者に対する25~64歳の人口比率を見ると、中国は2050年には1.9となり、早くも2人の現役世代で1人の高齢者を支えなければならない厳しい社会を迎える。これは米国に比べて15年も早い到来だ。
中国には、十分に豊かになる前に衰退がはじまることを指す「未富先老」という言葉があるが、こうしてデータを並べてみると避けられそうにない。
中国は、一人っ子政策によって「巨大な人口」という武器を自ら手放すだけでなく、ハイペースでの高齢化という難題を抱える。危機感を募らせた中国政府は今年5月、一組の夫婦が子どもを3人までもうけることを認めることを正式に表明して政策方針の舵を大きく切ったが、その効果は疑問視されている。
かつて条件付きで2人目の子どもを認める緩和策を講じた際も、思うような出生数の回復につながらなかったためだ。多くの人は、国の政策で制限を受けているから子どもを1人で諦めているわけでなく、個々の夫婦が意思として1人しかもたないようにしているのである。
それ以上に深刻なのは、出産期に当たる年齢の女性が激減していくという構造的な課題に直面していることだ。25~39歳の女性は2060年までに2020年に比べて半減し、2100年までに4分の1程になる。これは、合計特殊出生率が「1.3」であることを前提として国連の推計なので、1.1~1.2台ならば状況はもっと悪くなる。
ここまで短期間に出産期の女性か急落したのでは、合計特殊出生率が多少回復したとしても出生数は減り続けることとなる。
「一人っ子政策」は、豊かさを手放す政策だっただけでなく、国家の存続さえも危うくする。
中国ではすでに生産年齢人口が減少局面に転じており、少子高齢化と人口減少の影響はこれからどんどん表れてくる。こうした「人口戦」という切り口で米中の覇権争いを占ってみると、中国に〝勢い〟の余熱が残っている21世紀前半の競り合いを経て、21世紀後半は米国に有利に展開しそうであることが分かる。
両国との結びつきの深い日本としてはうまく立ち回ることが求められるが、現状を分析するだけでは不十分ということだ。今後の外交や通商を考えるにあたっては、両国の将来人口の趨勢をきちんと見極めなければならない。
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河合雅司(ジャーナリスト、人口減少対策総合研究所 理事長)
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