自由な立場で意見表明を
先見創意の会

高齢店子、お断り

片桐由喜 (小樽商科大学商学部 教授)

しばしば、「人に迷惑をかけないで生きたい。」という言葉を聞く。人として、当然の発想である。これを言う人は住宅地で深夜に大音量の音楽を流す、飼い犬が他家の花壇に入り込んで、花を踏み荒らすという行為を想定していない。ここでいう迷惑とは誰かに頼って暮らすあり様であり、根底には自分のことは自分で処理する生き方を是とする思いがある。

しかし、誰しも心身が衰えたり、弱ったりすると、そばにいる人にあれこれと頼まずにはいられない。この状況は高齢者や障害者に限った状況ではなく、普段は健康そのものの大学生が足の骨を折って松葉杖を使って通学することになれば、大なり小なり近くにいる人に助けを求めざるをえない。誰にも頼らず迷惑をかけずに生きることは不可能に近い。

2019年現在、65歳以上のひとり暮らしの世帯は高齢者世帯の49.5%を占める(2019年「国民生活基礎調査」)。そして、2018年現在、単身高齢者の約3割が借家暮らしである(総務省「平成30年住宅・土地統計調査」)。今、借家暮らしの高齢者が違う借家へ引っ越そうとするとき、あるいは、事情があって持ち家から賃貸住宅へ移ろうとするとき、入居できる部屋を見つけることが難しくなっている。

それは、大家が高齢店子を迷惑な存在とみているからである。なぜなら彼らが認知症になって家賃支払いができなくなる、部屋をゴミ屋敷にする、なにより、孤独死するリスクが高いからである。その一方で、築年数の古い空き家借家は大家の頭痛の種である。

そこで、部屋の見つからない高齢者と空き家を抱える大家をマッチングさせる仕組みを国は作り-住宅セーフティネット制度-、すでに施行されている。双方にとってwinwinだからといってうまくいくほど、世の中、甘くない。実際、同制度は現時点では不調と言ってよいだろう。そもそも、社会的、経済的弱者と不動産収益事業を結びつけるという発想に無理があるといわざるをえない。

日本では「家は自力で調達」、「住宅供給は民間活力で解決」という考え方が支配的で、それゆえ住宅保障制度が社会保障制度の柱にすえられてこなかった。だから上記のような発想が生まれるのであろう。しかし、今や個人のがんばりだけでは、住むことがままならない事態が散見されるようになってきた。
もちろん、なんでもかんでも国頼みというわけではない。何より、収益を上げたい民間組織のアイディア、知恵、努力にお役所仕事はかなわない。ただ、住宅保障への公的関与が小さすぎたこれまでの状態を少し軌道修正することを求めたいだけである。

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片桐由喜(小樽商科大学 教授)

◇◇片桐氏の掲載済コラム◇◇
「脱託老所 -何がしたくて、何ができるのか?-」【2021年6月1日掲載】
◆「卒業論文から学ぶ」【2021年2月2日掲載】
◆「オンライン授業と遠距離通学」【2020年10月27日掲載】

☞それ以前のコラムはこちらからご覧ください。

2021.10.12