日銀は当然迷走する
中村十念 [(株)日本医療総合研究所 取締役社長]
1. 成功は失敗のもと
黒田日銀の一番の任務はゼロ金利の維持である。何のためにゼロ金利を維持しなければならないかといえば、国債発行による財政の安全保障のためである。日本の国債等の残高は既に1,250兆円である。
金利が1%上がるだけで12.5兆円が吹き飛ぶ。2%で25兆円である。
なぜそんなことになったのか。日本は世間で思われているのとは逆に、小さな政府の国だからである。
例えば100兆円の国家予算を組むとして、税収と社会保険料で賄える金額は50%以下である。つまり50兆円以上を毎年国債等で補わなければならない。つまり国債が発行できないと予算が組めない国なのである。
そのためのゼロ金利政策である。国債の価格が下がると金利が上がる。国債を品薄にして国債の価格を維持し、金利を抑える。これが今回の「買いオペレーション」の動機である。
それは見事に成功した今でも(5月10日現在)日本の長期金利は0.25%である。
ところが日本の財政安全保障を脅かす事態が生じた。米国の高金利政策である。米国は経済が過熱気味である。そのため金利を上げて金回りを抑制し始めた。そうすると円が売られてドルが買われる。当然円安となる。円安には輸出優位という良い面と、輸入品の値上がりという悪い面がある。
今回の円安は、悪い面がはるかに良い面を凌駕しているようである。災難である。
黒田日銀は、勝負には勝ったが試合に負けたようなものだ。
2.災難は重なってやってくる
円安リスクとともに、我が国には少なくとも3つの災難が降りかかっている。
ひとつはエネルギーリスクである。原油高に始まり、天然ガスが高騰し、これに円安が拍車をかけた。更にウクライナ事変の追い打ちだ。
ニッケルなどの鉱物資源も不足し、サプライチェーンに障害が出ている。そのことは輸出のメインである自動車、エレクトロニクス産業の大打撃となっている。
二つ目は、食糧リスクである。日本は食糧の6割以上を輸入に頼っている。円安環境下では食糧の値上げは避けられない。一方、1人当たりの賃金は上がらないので、食いそびれる人も出てくる。食い物の恨みは恐ろしく、社会の不安定化の大きな要素となる。
三つ目は国の財政危機である。円安が悪い目に出る可能性が高いので、貿易収支は赤字となる。貿易収支どころか経常収支も赤字となる可能性が大きい。
コロナ対策や中小企業の救済及び国民の生活支援のため、国内債務はもっと膨らむ。そうなると更に国債の発行が必要となるが、国債の人気は落ちる一方であろう。そうすると国債の金利は高くなり、日本は本格的な財政危機となる。
何のことはない、国債の安全保障が目的で始まった買いオペが、国債の金利上昇を招くという笑うに笑えぬ始末となる。
3. 着眼大局、着手小局
金利と物価の管理は、どちらも日銀の役目である。ところが、目下の環境ではゼロ金利と物価安定は二律背反である。そうなる根本原因は、国債の過剰発行にある。
世間で期待をもたれているMMT理論も、インフレには無力である。インフレと物価高の境目の判断はむずかしいが、高物価はMMTの味方ではないだろう。
国債については、そのエクイティ化(資本化)を図る等の根本的対策が必要である。
根本策の企画と決定には時間がかかる。しかし、ポストコロナの経済再生対策は喫緊の課題である。その課題は、1.国民の生命と生活の保障 2.人の行動の不自由の解消 3.賃金の適正配分ということで、国民の認識は共通しているように見える。ただちに具体的に取りかかるべきである。
4. 塞翁が馬
アメリカの金利上昇が早期に終息、円安は収まり、日本のゼロ金利政策も事なきを得る。
オペックが増産に転じ、ウクライナ事変も終わり、エネルギー高・食糧高が収まり、物価も安定する。
円安効果が大きく出て、輸出増で貿易収支が大黒字になる。そうなる可能性がないえわけではない。
世の中の出来事には吉凶、禍福が予測できないことが多い。
そのことを例えて「人間万事塞翁が馬」という故事がある。この故事の最後のオチは、塞翁の息子が落馬し、怪我をして、ために戦士とならず命を永らえたということである。
先に述べた課題の目下の緊急対応のために臨時の予算が必要である。その中に戦費の拡大ともとれる内容を紛れこませるような姑息な手段を取ってはいけない。
再軍備や核武装をしないのは、危機感の欠如だといくら言われても、塞翁ではないが、今更誰しもわが子を戦地に赴かせるようなことは決してしたくない。
戦争をするぐらいなら日本人は損を覚悟でエクイティ化された国債を買うのではなかろうか。
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中村十念[(株)日本医療総合研究所 取締役社長]
◇◇中村十念氏の掲載済コラム◇◇
◆「ポストコロナは複眼思考で」【2022.3.15掲載】
◆「現代の大岡裁き」【2021.12.28掲載】
◆「超法規の構造」【2021.9.2掲載】
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