近年の中国映像にみる傾向と私考
石野康子 ジュリエット・アルファ株式会社 役員
華流(ファーリュー)映像
中華系の映像というと、多くの方は1970年代のブルース・リーに代表される
香港カンフー映画やジャッキー・チェンのアクション映画、また1980年代にブ
ームを起こしたキョンシー映画を思い出されるのではないだろうか。
2000年代以降、東アジアで大ブームを起こした韓国大衆文化の流行を表す「韓
流」と並び称される「華流」とは、中国大陸、香港、台湾など中国語文化圏から発
した娯楽文化の流行を表す。
1992年、中国では社会主義のもと市場経済を導入する経済体制が敷かれた。
その後2008年に北京で開催された第29回夏季オリンピックに象徴されるよう
に、2015年チャイナショックと呼ばれる株の暴落まで中国での急激な高度経済
成長は目を見張るものがあった。勢いは鈍化しているとはいえ、未だプラスの成長
を維持している。
その影響は娯楽部門にも顕著で、2009年には巨大IT企業アリババ(阿里巴巴)
グループの傘下にアリババピクチャーズグループが設立され、中国国内の映画製作、
配給のみならずハリウッド映画にも多くの投資が行われた。「投資の見返りに必ず
中国の俳優を登場させるという契約がある」などとささやかれたりした。
中国各地には巨大撮影所が建設されている。浙江省横店(おうてん)には、世界最
大級の撮影スタジオが造られ、紫禁城や秦王宮、円明園のセットなど、今なお広大
な農地に次々と建設が続けられている。上海には上海影視楽園(シャンハイ・フィル
ム・パーク)、2018年には青島東方影都(チンタオ・オリエンタル・ムービー
・メトロポリス)が造られ、中国大陸のみならず香港・台湾・日本の映画やドラマ
の撮影が盛んに行われている。
コロナの影響でこの2年余り、北米では世界最大であった興行収入が急減した。
一方中国では、2021年の春節には映画興行収入は1329億円に達し、世界
トップとなった。(中国網日本語版)
今後も中国での映像の発展からは目を離すことはできない。
中国ドラマの転機
中国ドラマといえば、三国志や楊家将など歴史や英雄を題材にしたものが多く、
日本ではあまり多く放映されてこなかった。
中国ドラマのジャンルは広い。時代劇の中でも歴史を題材にしたものばかりでな
く、ファンタジー時代劇と呼ばれる神代(かみよ)の時代を題材にした一種のおと
ぎ話のようなドラマも数多く作られている。そのほか、宮廷ものと呼ばれる宮廷内
で皇帝とそのお妃たちが繰り広げる愛憎劇。もちろん現代劇での企業ものやロマン
スドラマ、近年はブロマンスと呼ばれるボーイズラブをテーマにしたドラマが増え
てきたのは多様性を重んじる時代への対応だろうか。
2015年制作の「瑯椰傍(ろうやぼう)~麒麟の才子、風雲起こす~」は、
中国ドラマが数多く日本で放送されるようになった切っ掛けを作ったと思われる。
このドラマは、中国南北朝時代を模した架空の国で起こった皇帝の後継者争いと
それに乗じて復讐を果たそうとする策士を描いたものである。
中国では、ネット視聴数60億回超、その年の賞を総なめにした大ヒット作品で、
緻密な脚本、重厚な演技、豪華な衣装や美術、卓越したカメラワーク、どれをとっ
ても今までのドラマにはなかったスケールで作られファンを魅了した。
2016年から17年にかけて制作された「如懿伝(にょいでん)」は、乾隆帝
の長い生涯(享年89歳)における宮廷での出来事を描き、総製作費96億円、清
朝最盛期の華麗な文化をそのまま再現し、映画にも劣らない宮廷美が堪能できる。
近年の中国映像にみる傾向と私考
社会主義体制下の中国では、2013年に設立された広電総局(国家広播電視総
局)という国務院直属の政府機関が国内外のメディア全般の規制、監督を行ってい
る。その方針に沿わない作品はお蔵入りとなったり、修正されるまで放映が遅れた
りと、制作側に大きな影響を与える。
例えば、中国ドラマではしばしば60話以上の作品が見られるが、2019年に出
された「限長令」は長すぎるドラマの話数を制限するというものである。これに対
応して制作側では、ドラマを2部構成にしたり3部作にしたりという方法をとって
いる。現代の社会問題を題材にした作品は規制を通りにくく、そのため上記のような
ファンタジー時代劇というジャンルが数多く作られることになったと思われる。
しかし、2019年8月の「娯楽性の高い時代劇やアイドルの出演するドラマの放
送を一定期間禁止」(アジア経済ニュース)に見られるように、次々と規制が出さ
れ、制作側の試行錯誤が続いている。
私考ではあるが、近年の中国ドラマの傾向について思いつくことを記す。
一点は、京劇・昆劇などの伝統文化回帰の作品が目立つことである。
2020年制作「君、花海棠の紅にあらず」では、京劇の役者とそれを支えた
パトロンの大富豪の友情が主題となっている。清朝やそれ以降を描いたドラマでは、
しばしば京劇が演じられる場面が出てくるが、1930年代の梨園を描いた作品は
珍しい。同じく2020年制作の「蝶の夢」では、ヒロインが中国5大演劇の一つ
である黄梅戯の劇団出身で、その劇団を救うために映画女優になるという設定である。
10数年前に北京を訪れた時、北京オペラと呼ばれる京劇は衰退傾向にあり若い年
代の人たちにはあまり人気がなかった。近年美術界はじめ様々な場面で伝統回帰の
傾向が見られ、ドラマにも反映されていると思われる。
二点目は、対日本についての傾向である。
1950年代から中国では抗日ドラマ(抗日神劇)が多く制作されている。
これは日中戦争を題材にし、「敵は日本」というドラマである。2013年には
年間70本も作られ、中国のみならず東南アジアや北米でも放送されているが、日
本で見ることはない。
近年、時代劇でも倭寇や東瀛として日本人が敵役で登場する場面が多く見られる。
「花様衛士~ロイヤル・ミッション~(2019年 錦衣之下)」は、明代を背景
に描かれている。歴史上前期倭寇の最盛期という事実はあるが、日本の視聴者とし
ては敵役の日本語が耳に入ると胸苦しいところがある。
また、「山河令」でブレイクした俳優が、日本旅行の際、乃木神社で友人の結婚式に
参列した画像や靖国神社前で撮影した画像をSNSに投稿したところ、当局から封
殺されるという事例もある。
一方、日本では中国で2021年大ヒットした軍事ドラマ(抗日ドラマではない)
「王牌部隊」が2022年6月から放送されることが決定したことに、中国のネッ
トユーザーからも驚きの声が上がっている。(レコードチャイナ)
師である田中克己先生が、著書「白楽天」(小沢書店刊)の解説で、「(唐の時
代)日本人にとっては、このころの中国は文化的祖先であった。」と書かれている
ように、遥か昔から、文化、芸術、宗教全てでつながりの深い両国の関係が壊され
ることのないよう、切に願うものである。
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石野康子(ジュリエット・アルファ株式会社 役員)
◇◇石野康子氏の掲載済コラム◇◇
◆「近年の中国映像にみる傾向と私考」【2022.2.8掲載】