TikTokの魔力:米国政府も警戒するレコメンド・アルゴリズム
岡野寿彦 (NTTデータ経営研究所 シニアスペシャリスト)
中国バイトダンス社(中国語:宇節跳動)が提供する動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」は、世界のアプリケーション別ダウンロード数で2020年、21年の2年連続で世界首位となった(※注1) 。日本でも若者を中心に浸透し、マーケティングへの活用を進める企業も少なくない。同時に、その高いレコメンド精度による消費者への浸透力に対して、中国企業によって運営されていることと相まって米国政府は警戒を表明している。TikTokの何がそんなに凄いのか、筆者も使用して体感してみた。本稿は、筆者のユーザーとしての感想を含めて、TikTokの何に着目するべきか私見を述べたい。
バイトダンス:世界の市場で戦える中国プラットフォーマーの出現
中国の第一世代プラットフォーマーであるアリババ、テンセントは、海外事業展開において進出先国の地元企業との間で必ずしも競争優位を築けていない。その中、バイトダンス(2012年創業)が、米国、日本を含む世界の市場で支持され競争力を持つプラットフォーマーとして登場したことは、デジタル中国の進化プロセスが新たな段階に進んだと位置付けて分析するべきである。
バイトダンスは、利用者ごとの関心を捉えコンテンツをレコメンドするAIアルゴリズムの開発に集中投資をし、その高い精度を活かせるコンテンツ・プラットフォームの展開により、時価総額世界第1位のユニコーン企業に成長している。レコメンドとは、ユーザーの購入履歴などの行動、好みが似た他の利用者の情報を分析し、適切な商品やサービスを絞り込んで推薦することにより、売り上げを高める手法である。ネット上のさまざまなコンテンツを集約して整理し、ビッグデータと機械学習を活用して、個人の好みを分析して一人一人に合ったコンテンツを提供する。
バイトダンスは創業した2012年に、顧客の趣味嗜好に合わせたコンテンツを⾃動配信する「ニュースアグリゲーター」の役割を果たす「今⽇頭条」の提供を開始した。今⽇頭条は、「あなたの興味があるニュースが、今⽇のヘッドラインになる」という理念を表現している。AI(⼈⼯知能)を駆使して、利⽤者の閲覧記録から、興味のありそうなコンテンツを表⽰していく。ある記事をクリックしたか、最後まで読んだかなどの行動データによって、ユーザーの興味や好みを学習し、インターネットから最適なコンテンツをまとめるアルゴリズムを開発した。単にニュース記事を集めたサイトとは異なる、⾼度なレコメンド機能が消費者の⽀持を集めた。
今⽇頭条で培ったレコメンド・アルゴリズムを武器として、2016年にショート動画投稿アプリ「抖⾳(ドウイン)」をリリースした。音楽に合わせて歌う、口パクをする、踊るなど、15秒の間に思い思いの表現を楽しむことができ、投稿者のアイデア次第で表現が広がる面白さが10代の若者を中心に受けて、急速に成長した。動画作成用のテンプレートが用意され、コンテンツ作成者は音楽やネタを用意する労力をかけずに気楽に投稿できることも、ブレイクの要因となった。2017年に 「TikTok(ティックトック)」の名前で海外への提供を開始した。日本では2017年10月からサービス開始し、2020年に経団連に入会している。
TikTok:レコメンドの精度を武器にプラットフォームを拡大
TikTokに動画が投稿されるとランダムに選ばれた少数のユーザーに配信され、“繰り返し見る”、“早送りする”などの反応を機械学習することで、その動画コンテンツに最適のユーザーに届けられる。消費者は好みのコンテンツだけを見せられることで、連続して視聴して可処分時間を消費することになる。
同時に、コンテンツ作成の敷居を低くして消費者をクリエイターとして呼び込み、フォロワー数に限らずそのコンテンツに適切なユーザーに届けられ、優良なコンテンツであれば評価されやすい仕組みをつくっている。承認欲求を満たす設計によってコンテンツ制作者のすそ野を広げ、育成プログラムも活用して「儲けさせる」ことで、より多様で魅力的なコンテンツが開発される好循環をまわしている。オリジナルコンテンツと広告(プロが制作)がシームレスに溶け込み、消費者が自然に広告を視聴して購買につなげる仕組みで、競合との間で独特のポジションを獲得している。
世界展開と米国政府の警戒
バイトダンスは、中国市場の激しい競争で磨かれた技術、マネタイズのモデルを武器として、2017年から海外市場でのTikTokの事業展開を進めている。「プロダクトはグローバルに、コンテンツはローカルに」というコンセプトを掲げ、進出先の国・地域に適したローカライズにも積極的に取り組んでいる。
米国においても若者を中心に支持を集めて浸透している中で、強力なレコメンド・アルゴリズム技術によって、個人の感情や嗜好を操るのに用いられないかという懸念が、中国政府の関与に関する疑念と相まって、国家安全保障上のリスクとして警戒されるに至っている。2020年7月にポンペイオ米国務長官(当時)は、TikTokについて、利用者の個人情報が中国政府にわたる恐れがあるとして利用の禁止を検討していることを明らかにし、さらにトランプ大統領(当時)がTikTokの利用を禁止する考えを表明している。
これに対してバイトダンスは、中国色を消すことに努め、顧客データの管理に関する米国での疑念に対してはデータの保管場所を米国オラクル社に迅速に切り替えるなど、柔軟な対応により浸透を図っている。
TikTokの魔力とは?:使用した感想
レコメンド力がどれだけ凄いのか、実際にTikTokを使ってみた。
アカウント作成時に興味関心を入力する。画面は「フォロー」(フォロー登録をしたコンテンツ制作者のコンテンツが配信される)と「おすすめ」から構成される。「おすすめ」は、アカウント作成時にチェックした興味関心に関する動画が順次アップされるが、最後まで見る、繰り返し見る、すぐに飛ばして次の動画に移るなど視聴者の反応によって入れ替わる。筆者にとって非日常的な(笑)夜のお店や喧嘩騒ぎなど刺激が強い動画をついつい視聴していたら、このような動画が多く表示されるようになった。「人格を変えなければ」と、「京都観光」のコンテンツを検索したら、これに関連する動画が表示されるようになり、歴史文化好きそうな人として認識されるようになった(笑)。
ポイントは、コンテンツが15秒程度と短いため、「次も見ようか。。」と視聴を続けやすく、次々とアップされるコンテンツへの反応によって“興味関心”が分析されビビッドにレコメンドに反映される。YouTubeと比較してもコンテンツが多様で新陳代謝のスピードが速いため、その吸引力にはまりやすい。また、某政治家が遊説先で市民と気さくに触れ合う動画が繰り返しアップされた(筆者が視聴したのがきかっけ)が、印象操作、世論誘導にも影響を持てるサービスだと思った。
TikTokの着目点(私見)
日本においてもTikTokについて個人情報保護、安全保障上のリスクを指摘する声があり、事実分析をしっかりと行っていく必要がある。同時に、米国、日本でも若者を中心に人気を集めて浸透している(マーケットで支持されている)という事実を直視しなければならない。考えるべきは、(提供主体の国籍にかかわらず)レコメンドの精度がさらに上がっていくことによるインパクト、および、世界的に競争力のあるレコメンド・アルゴリズムがなぜ中国で生まれたのかの2点だろう。
レコメンド技術がさらに進化していくなかで、運用者に個人の関心、嗜好や行動パターンがディープに把握されることの怖さを率直に感じる。個人の感情や嗜好を操るのに用いられるリスクをも認識して、ルール化を含めて、レコメンド技術の進化によるイノベーションと規範化のバランスをコントロールしていく必要があるだろう。
「検索」アルゴリズムは、検索バーへの入力によりユーザーが示した意図に基づいて、適切なコンテンツを探して表示する。これに対して、「レコメンド」アルゴリズムは、ユーザーの過去の行動を頼りに、好み、興味関心を推測しなければならず、技術的な難易度が高い。ユーザーの行動と好み・関心との相関関係の仮説を立て、「データを読み込ませて検証→アルゴリズムを修正」するために投資をし続けなければならない。世界の優秀技術者を集めることも、競争に勝ち抜くためには不可欠だ。ユーザーとコンテンツ制作者の「満足」を獲得し、プラットフォームとしてクリティカルマスを超えるまでの投資競争に生き残った企業が、「勝者総どり」で市場をリードし、さらにレコメンドの精度を上げることになる。バイトダンスは、検索からレコメンドへ、テキストから動画へという市場トレンドをとらえ、レコメンド・アルゴリズムの開発に集中投資をした。14億人の巨大マーケット、新しいもの好きな若年消費者、緩いプライバシー保護などの中国の環境がこれを後押しした。米国政府に警戒をされるまでのバイトダンスの世界市場での躍進が、中国の企業家に「世界で戦える」モデルを提示したことを過小評価するべきではない。
[脚注]
1)米国の分析調査企業App Annie「モバイル市場年鑑 2022」に基づく。2021年度ダウンロード数の2位以下は、Instagram、Facebook、WhatsApp、Telegram、Snapchat、Facebook Messenger、Zoom、CapCut、Spotify。
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岡野寿彦(NTTデータ経営研究所 シニアスペシャリスト)
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◆「権威主義的な体制・マネジメントの下でイノベーションは生れるのか?」【2022.6.7掲載】
◆「企業経営の「短期志向」と「長期志向」:中国プラットフォーム企業に見る変化」【2022.2.15掲載】
◆新技術と向かい合う:量子コンピューターの実用に向けて【2021.11.23掲載】
◆中国プラットフォーマーのヘルスケアビジネス:収益化に向けた課題と取り組み【2021.6.22掲載】
◆「中国の個人情報保護法制からの考察:データを活用したイノベーションとプライバシー保護のバランス」【2021.3.9掲載】
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