社会保障の次なる懸念を生む高齢者の負担増
河合雅司 (ジャーナリスト、人口減少対策総合研究所 理事長)
政府の全世代型社会保障構築会議の報告書が、子育て支援の拡充や多様な働き方に対応した環境整備を前面に打ち出した。
コロナ禍前に急減を始めていた日本の出生数は、感染の拡大に伴う過剰な行動制限によって一段と低下し、2022年の年間出生数は80万人を割り込むこととなった。同時に婚姻件数も低迷したため23年以降も急落ペースが緩和する見込みは立っていない。
政府としては、この状況に何らかの手を打ち、少しでも改善させなければならないということである。報告書は児童手当の拡充など子育て予算を倍増し、非正規労働者やフリーランスなどへの新たな支援制度も提起した。
とはいえ、少子化対策予算を単純に増やすわけにはいかない。75歳以上の人口が急増期を迎え、40年の社会保障給付費は18年と比べて最大1.6倍膨らむと試算されているためだ。
社会保障費の伸びを抑え込みながら、出生数の減少スピードを緩めるための施策は講じるという方向性の異なる課題を両立させなければならないということで、苦肉の策として考え出されたのが「全世代型」である。負担が現役世代に偏っていることもあり、年齢にかかわらず所得に応じて支え合う仕組みを強化しようということだ。
こうした方針を受けて、厚生労働省は現行原則42万円となっている出産育児一時金を来年度から50万円に引き上げる財源の一部を75歳以上の中高所得者の医療保険料を引き上げることで賄うことを決めた。
厚労省は医療や介護を中心として、高齢者の負担増と高齢者向けサービスの縮小をセットとした改革メニューを取り揃えており、順次具体化を図っていく構えだ。
少子高齢化が深刻化する以上、社会保障制度を「全世代型」へと転換していくしかない。だが、これだけで問題が解決することにはならない。高齢社会の「実態」を眺めると、今後増えるのは80代以上が中心だからである。
15年に494万人だった85歳以上人口は、40年には倍増し1024万人に達する。85歳にもなれば医療や介護サービスを必要とする人が大半だ。高齢者の負担をわずかばかり増やしてみたところで、それを上回る勢いでサービス量が増えたのでは政府が想定するほどの財源は捻出できない。
それ以上に問題なのは、高齢者向けサービスを縮小することによって新たな懸念が生じることだ。
85歳以上になると「老後の蓄え」をほとんど使ってしまったという人も出てくるだろう。しかも一人暮らしの人が少なくない。厚労省の「2021年国民生活基礎調査」によれば、「単独世帯」を年齢別で比較すると女性で最も多いのは85 歳以上( 24.3%)だ。高齢者の負担を増やすことで社会保障費の抑制に成功したとしても、生活が困窮して他の政策経費が膨らんだのでは元も子もない。
高齢者向けの社会保障サービスの抑制が、「近い将来の高齢者」の暮らしを厳しくする可能性にも目配りする必要がある。65歳以上の要介護認定率は18.3%だが、85歳以上に限定すると57.8%に跳ね上がる。
85歳以上の要介護者には配偶者を亡くして「老老介護」がままならい人も多く、50代の子供世代が介護にあたっているケースが多い。
総務省の「2021年社会生活基本調査」によれば、50代の要介護者は183万6,000人だが、この中には介護離職した人も少なくないだろう。
年功序列による人事制度が根強く残る日本企業の場合、50代となれば収入も多くなる。こうした年齢で介護離職すると収入が途切れるだけでなく、退職金や将来の年金受給額も少なくなる。キャリアが途切れると、介護が終わって再就職しようと思っても困難だ。
親のために利用できる医療・介護サービスが脆弱になるほど、介護離職者も増えることとなる。働き盛りの50代の離職者の増加は、企業にとってもダメージだ。結果として、老後の蓄えが少ない「近い将来の高齢者」を増やし、それがさらに次の世代の負担を大きくするという「マイナスの循環」につながっていく。
要するに、社会保障制度の枠内だけの改革には限界があるということだ。そこで今一度、社会保障制度の基本に立ち返ってみると、最も重要な要素は経済成長である。経済成長さえすれば税財源が増え、課題のかなりの部分が解決するためだ。しかしながら、今後の日本は人口減少が経済成長を阻害していく。ここを克服しない限り、社会保障制度は持続可能なものとはならない。
だからと言って、人口減少は一朝一夕には止まらない。ならば人口が減っても経済成長できる方策を編み出すことだ。これを実現できるかどうかに、社会保障制度のみならず、日本の未来がかかっている。
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河合雅司(ジャーナリスト、人口減少対策総合研究所 理事長)
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◆「問題の本質は医師不足ではなく『患者不足』だ」【2022年8月9日掲載】
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