暗号資産(仮想通貨)の正体
緒方正象 日本医療総合研究所 主任研究員
1. FTX事件
2022年11月11日(米国時間)、暗号資産(仮想通貨)(※1)の大手交換業者(※2)であるFTXトレーディング(以下FTX)が経営破綻した。孫正義氏率いるソフトバンクVision Fund 2も1億ドルを出資するなど、世界各国から有望視され、期待されていた業界の超優良児だっただけに、投資家や関係者の間に衝撃が広がった。
バハマを本社とするFTXは2019年に創業し、安価な取引手数料や豊富な取引オプションなどを売りに急成長を遂げ、創業からわずか3年で企業評価額は320億ドル(当時のレートで約3.7兆円)に達した。
しかし、超優良児との評価とは裏腹に、企業経営や運営は、創業者であるサム・バンクマン=フリード氏と近しい仲間たちだけで杜撰に行われていたのだ。財務は深刻な状態に陥っていた。
全容はまだ明らかになっていないが、負債総額は推定で100億ドルから500億ドル(日本円で約1兆4,000億円から7兆円)と推定されている。推定額の幅がここまで広いのは、公開されている財務諸表の信頼性が低いうえに、破産申請対象企業が多い(全部で130社強)ためだろう。FTXを利用していた投資家は100万人を超えるとされている。ソフトバンクのような投資家を含む顧客の資産や債権の回収は危うい。破綻処理は10年以上に及ぶ可能性もささやかれている。
幸いにも日本法人であるFTXジャパンは資産の分別管理を行っており(日本では法令で預かり資産とその他の資産の分別管理が求められている)、破綻直後に日本の金融庁が国内資産の保全命令を出したことで、FTXの債務返済に充てられることはなくなった。
FTXジャパンの財務状態は資産額が負債を上回る資産超過状態にあり、一応は顧客の資産は守られている格好だ。しかしながら、資産の引き出しができない状態が続いており、顧客が自身の資産をすべて取り戻せるのがいつになるは不透明だ。
2. 暗号資産(仮想通貨)の原点
暗号資産の原点は、2009年に運用が開始されたビットコインだ。その後、新たな暗号資産が次々と登場しているが、それらはビットコインを基に生み出されたものだ。ビットコイン以外の暗号資産は、ビットコインと区別してアルトコイン(Alternative Coin:代替のコイン)と呼ばれる。
当初、暗号資産には(名目上の)発行主体がない(一定の仕組みのもと誰でも自由に発行でき、発行後は不特定多数の利用者などが相互に管理と監視を行う)とされてきた。しかし、近年では中央集権型のリップル(XRP)や取引所トークンといった、発行主体や管理者のいる暗号資産も多く存在している(※3)。TFXの経営破綻を引き起こしたFTTは後者のタイプだ。世界で取り扱われる暗号資産は、2022年11月現在において2万種類以上(※4)も存在するというから驚きだ。
暗号資産はインターネット上でやりとりできるデジタルデータである。データ自体に価値はないが、その暗号資産に価値を認める(求める)人や企業の共同幻想によって(財産的)価値が決められる。そのため魅力や信頼性が失われると、価値の支え手は蜘蛛の子を散らすようにいなくなり、価値は簡単に大暴落する。法定通貨のように国家が価値の保証や安定化を図ることはない。
FTTの1単位あたりの価値は1週間もたたずに3,000円台から200円台に急落した。2022年に入って急速に円安が進んだドル円相場でさえ、その変動幅は35円程度であったことからも、その振れ幅がいかに大きいかがわかるだろう。暗号資産の本質は人々の幻想であることを忘れてはいけない。
3. 北朝鮮ミサイルの財源論
2022年に入ってからの北朝鮮からのミサイル発射は50発を超えている。これまでの年間の過去最多は2019年の25発であることから、その数の多さは異常だ。ミサイルは造るのも飛ばすのもお金がかかる。北朝鮮は新型コロナウイルスの流行以降、国外との移動や貿易を厳しく制限しているが、ミサイルの財源は一体どこから調達しているのだろうか。
韓国政府によると、北朝鮮は2022年3月にオンラインゲームをハッキングして、日本円で865億円余りに相当する暗号資産を盗み出したとみられる。これは2022年の上半期に発射した弾道ミサイル31発の費用を賄える金額だという。
暗号資産の一部はインターネットでアクセス可能なホットウォレットというソフトウェアに保管されている(※5)。そのため常にハッキングのリスクにさらされており、ホットウォレットに多くの暗号資産を抱える暗号資産(仮想通貨)取引所(※6)は特に狙われやすい。
近年では毎年どこかの取引所がハッキング被害にあっている。2018年には日本の取引所CoinCheckもハッキングされており、被害額は約580億円にものぼった。実は経営破綻したFTXも騒動に乗じてハッキングされており、その被害額は約540億円にもなるという。暗号資産自体は強固な暗号技術で守られているというのに皮肉な話だ。
また、日本では、病院のシステムをマルウェアに感染させ、電子カルテなどのシステムやデータを人質に、身代金を暗号資産で支払うように要求される事件が近年発生している。このようにハッキング以外のサーバー犯罪でも暗号資産が利用されるようになってきている。
暗号資産は、法定通貨のように国が変われば単位も変わるということはない。世界共通単位なので、取引するための通貨交換の必要がない。また、インターネット経由で直接送受信できるので、国内外へ資産移動するにも国家の規制や監視を免れやすい。つまり、犯罪者や犯罪組織にとって、とても都合のよい魅力的な代物なのだ。
4. 今後の展開
暗号資産は過去すべての取引情報がブロックチェーンという仕組みによって記録されている(※7)。情報は複数のシステムに保有され、常に相互比較され、すべてのシステムで最新の情報を保てるようになっている。そのため、情報の破壊や改ざんが極めて困難だ。さらに取引情報は常にオープンで誰でも閲覧することが可能だ。このことは暗号資産の信頼性の担保のひとつでもある。
だが、取引情報に含まれるのは、アドレス(銀行の口座番号のようなもの)と取引量だけで、直接個人につながるような情報はない。取引情報が証明するのは取引があったという事実のみに過ぎない。これも犯罪者や犯罪組織には都合のよい話だ。ハッキングなどで入手した暗号資産の洗浄(マネーロンダリング)を行う際に足がつきにくい。
ハッキングなどで入手された暗号資産は、小さな単位に分割され(※8)、匿名性の高いダークウェブ上で他の暗号資産との交換や数多くのアドレス間での取引が行われる(※9)。その後世界中の取引所を経由して一般市場に放たれる。取引所で購入した暗号資産が実は不正に入手されたもので、知らぬ間にマネーロンダリングの片棒を担がされていたという話は十分にあり得る話だ。
今回のFTXの経営破綻により、一般投資家らは改めて暗号資産への投資リスクを再認識したことだろう。暗号資産はしばらく下火になるかもしれない。しかし、犯罪組織が暗号資産の需要の担い手となっている限り、またいずれ息を吹き返すだろう。禁酒法の時代に酒がなくならなかったのと同じである。暗号資産の将来性や利便性は必ずしも表社会だけのメリットではないのだから。
【脚注】
※1.仮想通貨の呼称が既存の法定通貨と紛らわしいことから、日本の法令上は暗号資産という呼称が使われている。
※2.暗号資産交換業者は、暗号資産の売買や交換、取引仲介を行っている。日本では金融庁による認定制度があり、2022年11月30日時点で登録している企業数は31社ある。なお、無登録の業者を利用することは違法ではない。
※3.法定通貨や金などの資産を担保に価格を安定させている仮想通貨(ステーブルコインという)もある。
※4.仮想通貨の価格追跡ウェブサイトのCoinMakerCapによると、2022年11月29日時点で21,876種類。そのうち日本国内の取引所で取り扱われている種類は25種類ほど。
※5. ネットワークに接続せずに(オフラインで)利用するコールドウォレットもある。
※6. 取引所は顧客同士の暗号資産の売買・交換を仲介する。一方、顧客相手に暗号資産を売買するところは販売所と呼ばれる。どちらも暗号資産交換業者が運営している。
※7. ブロックチェーンを使用していない暗号資産もある。例:リップル(XRP)。
※8. ビットコイン(BTC)の場合、1BTCを0.00000001BTCまで分割して取引が可能。なお、取引所では0.001BTC以上というような最小取引単位が決まっている。
※9.暗号資産は双方のアドレスがあれば、インターネット経由で直接送受信することが可能。
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緒方正象[(株)日本医療総合研究所 主任研究員]