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先見創意の会

デジタル技術の進化と求められる経営:『中国的経営イン・デジタル』を執筆して

岡野寿彦 (NTTデータ経営研究所 シニアスペシャリスト)

デジタル化の進化とともに求められる経営はどのように変化するのか?

米国とともに世界のデジタル化をリードする中国企業は、デジタル技術が加速度的に進化するなかで、「どのような経営課題に直面し、何を経営変革の目的として、いかに実行しているか」を明らかにして日本企業に示唆を提示することを目的に、『中国的経営イン・デジタル:中国企業の強さと弱さ』(日本経済新聞出版)を本年1月25日に出版した。本稿では、この書籍のエッセンスに基づいて「デジタル技術の進化と求められる経営」について私見を述べたい。

<謝辞> 先見創意の会ホームページで拙著『中国的経営イン・デジタル』をご紹介いただいておりますことに感謝申し上げます。

1.デジタル技術の進化の本質:デジタル中国の進化プロセスからの示唆

中国等のデジタル化を俯瞰的に分析している筆者の仮説として、デジタル技術の進化の本質は「技術が『融合』して機能する」こと、これにより「それまで独立して営まれてきた事業、業務が『融合』する」こと、そして「融合領域を機会として、価値を発揮できる主体が競争優位を得る」ことだと考えている。

中国のデジタル化は、2000年代からアリババ、テンセント等のプラットフォーマーが牽引するかたちで進展した。中国で普及しつつあったインターネットの「つなぐ」技術、次に人工知能(AI)の「データから知見を得る」技術を活用して、中国の経済発展段階における「信用」などのペインポイント(困りごと)を解決することで、消費者や企業の受容と政府の支持を得ながらデジタル技術の社会実装が進められた。

次に2010年代からのスマートフォンの普及を契機に、スマホを入り口に“食べる”、“移動する”などのリアルな生活シーンをカバーするさまざまなサービスが「融合」しながら顧客を囲い込む「エコシステム」モデルが発達した。3G通信から4G通信への進化、音声認識、画像認識、地図情報などAI技術の進化を活かして、これら技術を「融合」させることでエコシステムの構築・運営が進められた。

2010年代なかばに中国経済が成熟期に入り、ペインポイントの解決も一巡すると、デジタル化競争の主戦場は不効率のまま残っている企業(Bサイド)、政府(Gサイド)の効率化、消費者二―ズを基点とする伝統的産業の再構築にシフトし、ビジネスモデルの「量から質への転換」が必要となった。「ネットとリアルの融合」、「ソフトウェアとハードウェアの融合」など、「融合」領域での価値創出が企業戦略の中核となっている。そして、プラットフォーマーと伝統的企業(流通業、製造業、金融業)とが競争しながら提携することで、既存業界の垣根を越えた市場創出・再編が進められている。しかし、プラットフォーマーと伝統的企業との事業評価基準やカルチャーの違いに起因してコンフリクトも発生し、「融合」領域でのビジネスモデル開発は試行錯誤の段階にあるのが現状である。

今後さらに、モノとモノ、モノと人がつながりコミュニケーションを取るIoT(Internet of Things)の時代になると、高度な安全性や社会インフラとしての継続性を実現してのデジタル技術の実装が必要となる。これまでデジタル化を牽引してきたプラットフォーマーなどIT企業の特徴である実験的なアプローチ(他社に先駆けて市場に投入し、顧客と対話しながら商品・サービスを成熟させていく)、スピード、アジャイといったルカルチャーに加えて、規律、標準的なオペレーション手順、PDCAサイクルといった相異なるマネジメントを「両立」できるか否かが競争優位のカギになると考える。

2.中国先進企業の経営変革からの示唆:自社のカルチャ―に合った変革のドライバーを持つ

前項でみたようにデジタル中国の進化プロセスにおいて、「スケールメリットの追及」が2010年代半ばに飽和すると「質の追及」への戦略転換が行われているが、一貫して変わらないのは技術が融合して機能し、それまで独立て営まれてきた「事業・業務の融合領域」が価値創出の主戦場になるという進化の構造である。

それでは、中国の先進企業は、デジタル技術の進化に伴う競争環境の変化に対してどのように臨んでいるのだろうか? 『中国的経営イン・デジタル』では、ファーウェイ(伝統的な製造業)、小米(インターネットを製造業に最大限に応用して効率を目指す企業)、アリババ(プラットフォーマー)という、異なるタイプの中国を代表する先進企業が、デジタル化が深まるなかで「どのような経営課題に直面し、何を経営変革の目的として、いかに実行しているか」、ヒアリングを重ねてケース分析を行った。詳細は割愛するが、ポイントを紹介したい。

●「短期のスピードと長期志向」「トップダウンと中間管理者層による現場力強化」「技術志向と営業志向」など、矛盾する/相異なる要素の「両立」が経営変革のポイントとなっている。

「権威主義的なマネジメント」(※)を経営の原理とする中国企業は、メリハリある「集中と選択」、変化対応スピード、痛みを伴う変革を断行できるなどの「強さ」がある半面で、継続性、サービス・商品を開発する主体である「現場」のロイヤリティや改善力に「弱さ」があることが一般的である。分析した中国先進企業は、日本企業の特徴である長期視点での人材育成と研究開発への投資、現場力などを、自らの特徴と「両立」する経営の変革を進めている。伝統的な中国的経営の「弱さ」を、「日本的経営」を取り入れて克服しようとし、日本企業から学ぶアクションも取っている。

※権威主義的なマネジメント(拙著の定義)
絶対的な権限を持つリーダーのトップダウンによる意思決定・統制の下で、メンバーの強い目標達成意欲を糾合することを特徴とする組織マネジメント
「トップ -中核メンバー ― その他メンバー」という「階層」の存在と、階層間の「権力格差」をメンバーが受け入れている。

● 変革の過程で生じる摩擦を、自らの経営の原理である「権威主義的なマネジメント」を活かして乗り越えることで、「戦略と組織マネジメントの整合」を取ろうとしている。

大規模化する組織の効率・スピードを確保するために体制やルール・仕組みを改善しつづけながら組織の感度を保っている。これが形骸化・硬直化してくると、トップダウンでルール・仕組みを根本からつくり直している。特に、既得権益者が増加して組織の活力に影響を及ぼしかねない状況が発生すると、トップが変革を阻む勢力を排除し、痛みを伴う改革を断行する。

このようにしてルール・仕組みづくりとトップダウンでの大胆な改革を使い分けることで、日常の効率・スピードと有事の立て直しとを両立させている。

日本企業への示唆
日本企業は「社員の共同体」として成立し、社員の能力向上や生計にコミットする性格が強く、社員も企業組織に帰属する安心感とロイヤリティを持ちやすい。チームワークを活かした現場の改善力やナレッジの蓄積、継続力に「強さ」を持つ半面、決断や新しい潮流への対応のスピード、環境変化に直面しても変革が進まない「弱さ」がある。

本項で述べてきたデジタル技術の進化の本質である「技術が『融合』して機能」し、それまで独立して営まれてきた事業、業務が「融合」する経営環境の変化において、日本企業が融合領域で価値を発揮するためには、「決めて実行する力」がこれまでにも増して重要となる。「人の尊重」「人と人とのネットワーク」という日本企業が誇るべき経営の原理を活かした、技術進化が加速する時代にマッチした経営モデルを再構築することが求められている。

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岡野寿彦(NTTデータ経営研究所 シニアスペシャリスト)

◇◇岡野寿彦氏の掲載済コラム◇◇
「TikTokの魔力:米国政府も警戒するレコメンド・アルゴリズム」【2022.10.25掲載】
◆「権威主義的な体制・マネジメントの下でイノベーションは生れるのか?」【2022.6.7掲載】
「企業経営の「短期志向」と「長期志向」:中国プラットフォーム企業に見る変化」【2022.2.15掲載】
新技術と向かい合う:量子コンピューターの実用に向けて【2021.11.23掲載】
中国プラットフォーマーのヘルスケアビジネス:収益化に向けた課題と取り組み【2021.6.22掲載】

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2023.02.21