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効果乏しい「異次元の少子化対策」はコスパを考えよ

河合雅司 (ジャーナリスト、人口減少対策総合研究所 理事長)

社会保障費が2023年度の政府当初予算で36兆8889億円となり、全体の約3割を占めた。来年には「団塊の世代」がすべて後期高齢者となることもあって、今後は医療・介護を中心に急伸が予想されている。

一方で若い人ほど減るペースが速い人口減少社会においては、社会保障の財源とサービスの担い手が同時に先細っていく。これらをいかに安定的に確保するかかが、今後の制度改革における最大の課題となる。

ところが、岸田文雄首相は財源のあてもなく、「異次元の少子化対策」を唐突に打ち出した。3月末にまとめた「たたき台」のメニューをすべて実現したならば数兆円規模の安定財源が必要だ。ただでさえ社会保障制度の破綻が懸念されているのに、自ら持続可能性のハードルをさらに高くしているような印象である。

日本の出生数減は深刻であり、総論として語るならば少子化対策の充実は最重要課題であり「他の予算を削って、ただちに実行に移すべきだ」ということになる。だが、出生数減の原因を正しく分析すると諸手を挙げて賛成とはいかない。いまさら子育て支援策をメインとした少子化対策を強化したところで政策効果はほぼ期待できないからだ。既に手遅れなのである。

出生数減が止まらない真因が、出産期年齢(25~39歳)の女性の減少にあるからだ。児童手当を拡充したところで、この年齢層の女性数が増加するわけではない。

国会論戦を聞いていると、こうした基礎的な事実を理解していないやりとりが多すぎる。出生率と出生数とを混同した杜撰な意見を延々と披歴する議員もいるが、「出生率の向上」はもはや意味のない目標だ。結婚へのサポートや子育て支援を強化すれば合計特殊出生率は多少上昇するだろうが、それでも出生数は減り続ける。

この不都合な真実は「過去の数字」が証明している。合計特殊出生率が過去最低を記録した2005年と2015年を取り上げてて説明しよう。
両年を比較すると、出生率は1.26から1.45に回復したが、出生数のほうは106万2530人から100万5721人へと減った。出産期年齢の女性数の減少が、こうした〝ねじれ〟を生じさせたのだ。総務省の人口推計(各年10月1日現在)で、両年の25~39歳の日本人女性数を確認してみると1295万1000人から1066万2000人へ17.7%も減っていたのである。

こうなると、この年齢の日本人女性数が今後どれほど減っていくのかがポイントとなる。

25年後にこの年齢に達する0~14歳の女性はこの世に存在しているので、25年後までは「決定済みの未来」としてすでに確かめることができる。総務省の人口推計で確認してみると、2021年10月1日現在の25~39歳の日本人女性は943万6000人だ。これに対して、0~14歳は710万5000人で24.7%も少ない。

わずか四半世紀で4分の3になるのだ。終戦直後のような「多産社会」に戻るようなことでもない限り、出生数を横ばいにすることすらできない。国立社会保障・人口問題研究所が、少なくとも推計を行った2115年までは出生数が減り続けるとしているのも、こうした要素を加味してのことだ。

むろん、「異次元の少子化対策」を講じれば、出生数が減るペースを遅くする程度のことは可能だろう。それだけでも、いまの日本にとっては意味のあることではある。だが一方で、その程度の政策効果にどれだけの予算を割くのか、費用対効果の観点で判断することも重要となる。

というのも、社会保障をめぐっては少子化対策以外にもいくつかハードルがあるためだ。

まずは、現役世代の負担は限界に達しつつある点だ。財務省によれば2022年度の国民負担率(対国民所得比)は46.5%に及ぶ見通しだ。OECD加盟国の中では極端に高い水準ではないが、日本の場合国民負担率が上昇し続ける理由は少子高齢化の進行が理由であり、負担率の高さに見合ったサービスは提供できていない。それどころか、サービス内容は「改革」と称してどんどん悪化させているのが実情だ。このまま負担増だけが先行していくのでは、国民の理解は得られない。

政府は苦し紛れに「異次元の少子化対策」の財源を社会保険料の負担増で賄おうとしているが、子育て世代の負担を増加させて財源に充てるのでは意味がない。先にお金を徴収して置き、それを同じ人物に配り直して「有難がってくれ」と言うようなものだ。ますます「異次元の少子化対策」の効果を薄める。それ以前の問題として年金や医療、介護のために集めた保険料を流用するのは契約違反だ。政府自ら社会保険の理念を壊す行為でもある。保険料の半分は企業負担なので、実質的な法人税増税でもある。賃上げに水を差すことになるだろう。巡り巡って子育て世帯の賃金の抑制を招けば元も子もない。

「異次元の少子化対策」に大きな予算を割く余裕がない第2の理由は、少子化対策以外にも巨額の財源を要する懸案事項が待ち構えていることだ。

高齢者人口がピークを迎える2042年頃になると、就職氷河期世代が高齢者となり無年金者、低年金者が多くなりそうなのである。就職氷河期世代の3分の1強が無年金者・低年金者の予備軍との試算もある。

就職氷河期世代の少し前の世代の中にもリストラや勤務先が倒産して転職を余儀なくされた人が少なくない。ところが、政府内ではこれから激増する無年金者、低年金者の生活を誰がどう支えるかについては、ほとんどテーマにされてこなかった。仮に、これをすべて税財源で賄うとなれば、毎年膨大な新規財源が必要となる。

しかも、政府はこうした未来が待っているというのに、社会保障制度改革の名のもとに高齢者の負担をアップさせ、高齢者向けサービスをカットし続けてきた。代わりに、高齢者の就労を促進させようとしているが、企業側の反応は鈍い。高齢者の雇用は広がっても賃金の高い仕事が潤沢に用意されているわけではない状況のまま低年金者が増えたならば、20年後の高齢者の中には生活困窮者が増えるだろう。こうした人へのサポートにも多額の新規財源が必要となる。

3つ目の理由は、人口が減少することで起きる社会課題への対応が迫られていることだ。出生数の減少に歯止めがかからない以上、総人口も減る。このままでは近い将来の社会は機能不全に陥り、日本経済の落ち込みは覆い難くなるだろう。そのひずみの是正にも莫大な財源が求められることとなる。

巨大な予算を必要とする課題が目白押しだというのに、政策効果がたいして見込めない「異次元の少子化対策」に無尽蔵にお金を使う余裕などないだろう。そうでなくとも、岸田首相が唐突に「異次元の少子化対策」をち出した手法に対しては、「内閣支持率の上昇と統一地方選などを意識したバラマキ政策」との指摘が少なくない。

他方、食料品などを中心とした物価高騰で子育て世代の中には生活が苦しくなっている人が少なからず存在する。

岸田首相が「2030年代に入るまでの6~7年が少子化傾向を反転できるラストチャンス」などと根拠のない数字を挙げて意気込みを語るので混乱するが、「異次元の少子化対策」の位置づけを、出来もしない「出生数減少の歯止め策」から、「子育て世帯への家計支援」に改めるのが最も現実的な着地点だろう。

「家計支援策」ならば、所得制限を撤廃する必要など全くなく、対象を生活に困窮する世帯に絞り込めばよい。これならば、我が国の財政状況に見合う、いわば「身の丈に合った規模」で十分政策効果が上がる。課題山積の日本においては、メリハリをつけた少子化対策をするしかないのである。

真の人口減少対策とは、「異次元の少子化対策」などではなく、人口減少に耐え得る社会への作り替えである。政権の人気取りや目先の選挙を有利に戦うために〝政治的な見栄え〟ばかりを優先し、いますべき政策を後回しにすれば、最終的に困るのはこれから生まれてくる「未来の世代」である。

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河合雅司(ジャーナリスト、人口減少対策総合研究所 理事長)

◇◇河合雅司氏の掲載済コラム◇◇
◆「社会保障の次なる懸念を生む高齢者の負担増」【2022.12.20掲載】
◆「問題の本質は医師不足ではなく『患者不足』だ」【2022.8.9掲載】
◆「戦争をしている場合ではないロシアと中国」【2022.4.19掲載】

☞それ以前のコラムはこちらから

2023.04.25