自由な立場で意見表明を
先見創意の会

中国のオンライン医療・ヘルスケア事業の最新動向:2Cから2Bへ

岡野寿彦 (NTTデータ経営研究所 シニアスペシャリスト)

コロナ禍の中国で一気に普及したオンライン医療・ヘルスケアについて、先見創意の会コラムで、「中国医療テックの動向と課題」(2020年8月1日掲載)および「中国プラットフォーマーのヘルスケアビジネス:収益化に向けた課題と取り組み」(2021年6月22日掲載)の2回にわたり寄稿する機会をいただいた。本稿では、主要プラットフォーマーの経営状況と戦略を中心に、その後二年強の動向をフォローしたい。

1. オンライン医療・ヘルスケア プラットフォーマーの経営状況

売上トップ5社の2022年度の業績を表に整理する。 

各社とも新型コロナ感染拡大の中で急増したユーザーの有償化に苦戦し、収益化に試行錯誤する中で、売上1位の京東健康がはじめて黒字決算を実現した。また、3~5位の平安好医生、思派健康、智雲健康は前年度から損失をそれぞれ60.5%、63.4%、59.3%減少させている。

このように収益構造は改善に向かっているが、京東健康、阿里健康は医薬品・健康製品の販売に、平安好医生は平安保険グループの販売力に依存しており、オンライン医療・ヘルスケア事業として自走できなければ企業の持続性にリスクがある状況から脱却できないとの危機感も聞かれる。

以下、事業ポートフォリオのタイプが異なる売上No1の京東健康とNo3の平安好医生の、最新の業績および収益構造改善の取り組みをケース分析する。

2. 京東健康(JD Health):医薬品・健康製品販売への依存からの脱却が経営課題に

京東健康は、アリババに次ぐ中国EC第2位の京東が、金融、物流とともにグループ事業の柱として位置づける医療・ヘルスケア事業を担う。2019年5月の創業後、コロナ禍を経て売上は順調に拡大し、上述のように2022年度決算で黒字化を達成した。

京東健康は自社の事業を「医療・健康サービスを顧客獲得のグリップとし、医薬品・健康製品サプライチェーン(販売)を中核とする」と定義している。現時点では下表のように、医薬品・健康製品の販売に依存する事業構造となっている。

医薬品・健康製品販売は、京東グループのチャネルを活用するほか、医薬品に特化した販売網として、日本のドラッグストアに相当するパートナー企業2万社および街中の薬局7万社を加盟店として開拓した。そして、デジタル武装した医薬品倉庫を全国22か所に開設して、需給・在庫管理の精度を上げつつ24時間体制でデリバリーしている。このような「ネットとリアルが融合」した顧客接点により、アクティブユーザーは2022年度で1.54億人に至っている。

しかし、商品販売事業は物流などリアルおよびネットのリソースに投資をする必要があり、コスト高で利益率は高くない。企業価値を持続的に高めていくためには、“顧客とのグリップ”の機能を果たす医療・健康サービスを収益化の軌道に乗せることが重要経営課題となっている。京東健康のオンライン診療は27の臨床部門を設置し、年間を通じて1日平均30万件以上のオンライン相談がある。有料比率と定着率を高めるため重点戦略として、企業を顧客としてその従業員や顧客向けにサービスを提供する「2B」事業の開拓に注力しており、2022年末で4600社の法人顧客に医療・健康サービスを提供している。

3. 平安好医生:企業との法人契約(2B事業)を開拓

平安保険グループは医療・健康、カーライフなど保険・金融サービスシーンの理解と創出に戦略的に取り組んでおり、平安好医生は医療・健康セクターの中核企業として2014年に設立された。中国コロナテックの代表的企業として日本でも比較的知名度が高い同社だが、業績は下表のように成長軌道に乗っておらず、2022年度決算は減収となっている。前項の京東健康や阿里健康の商品(医薬品、健康製品)のような「規模の経済」を確保できる事業を確立できていないことのほか、決算発表では、戦略Ver2.0(後述)への転換で非重点領域の事業のリストラを進めていることが減収の要因だと説明された。

平安好医生の事業は、医療および健康サービスを中核とする。顧客構成(2022年度のアクティブ顧客)は、消費者(Cサイド)600万、企業契約の顧客(Bサイド)300万、平安グループをチャネルとする顧客(Fサイド)3,400万と、グループの販売力への依存度が高い。このようなグループ企業とのシナジーは平安好医生の強みであり、平安グループの戦略にも適っているが、一方では、平安好医生への“輸血”にもなっており、また、グループ会社(平安産険、平安寿険、平安銀行、平安健康険、平安養老険の個社)の戦略に左右されるリスクもあることから、自立した経営が課題となっている。平安好医生はコロナ禍を経た戦略ver2.0として、次の事業戦略を掲げている。
① ネットとリアルのシームレスな補完関係によるサービス品質と効率の改善。個人顧客(消費者)が支出を受け入れやすいサービスとして「家庭医会員制」および「重病患者のケア」を重点的にサービス開発
② 安定した支払い能力がある顧客として、企業との法人契約(2B)を開拓し、その社員、顧客向けに健康診断、診察、薬の購入、福利厚生などのサービスを提供

4. 筆者所感:いかに「規模の経済」をつくるのか

先見創意の会で2021年6月に「中国プラットフォーマーのヘルスケアビジネス:収益化に向けた課題と取り組み」を寄稿させていただいてから2年強が経過したが、主要各社は引き続き収益化に試行錯誤しながら、課題と対策をより具体化させている。オンライン医療・ヘルスケアサービスは個々の取引が少額で薄利のため、「規模の経済」を確保できるビジネスモデル開発が重要課題になっている。そして、京東健康、平安好医生のいずれも、Cサイドは個人消費者が支出を受けやすい「家庭医会員制」などに特化して、効率化・コスト削減による収益改善を図ると共に、2B(企業向け)サービスで安定した収入を確保することに注力している。今後さらに、医療・健康サービスへのデジタル技術の実装経験を生かして、クラウド・ソリューションとして医療機関等へ提供することも模索されていくだろう。

本テーマについて引き続き定点観測してレポートしていきたい。本来、よりサービス現場の近くにアプローチして顧客にとっての価値やサービス提供の課題、デジタル技術の活用動向などを分析したいが、今後の課題とさせていただきたい。

ーー
岡野寿彦(NTTデータ経営研究所 シニアスペシャリスト)

◇◇岡野寿彦氏の掲載済コラム◇◇
「Chat GTP(生成AI)とつき合う」【2023.6.6掲載】
「デジタル技術の進化と求められる経営:『中国的経営イン・デジタル』を執筆して」【2023.2.21掲載】
「TikTokの魔力:米国政府も警戒するレコメンド・アルゴリズム」【2022.10.25掲載】
◆「権威主義的な体制・マネジメントの下でイノベーションは生れるのか?」【2022.6.7掲載】
「企業経営の「短期志向」と「長期志向」:中国プラットフォーム企業に見る変化」【2022.2.15掲載】

☞それ以前のコラムはこちらからご覧下さい。

2023.10.17