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人口減少を見込んだ医療機関経営を

河合雅司 (ジャーナリスト、人口減少対策総合研究所 理事長)

東京一極集中が再び加速してきた。総務省の住民基本台帳人口移動報告(2023年)によれば東京都の「転入超過」は6万8285人となり、前年と比べて8割ほど増えた。コロナ禍前の2019年(8万2982人)に近づきつつある。

東京圏(東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県)として見ても12万6515人の転入超過(前年比27%増)だ。一方、40道府県は人口が流出する「転出超過」となった。このうち31道府県では転出超過幅が拡大した。

一極集中は続きそうだが、国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の「日本の地域別将来推計人口」(2023年)は2040年には東京都も人口のピークを迎えると予想している。

東京一極集中の流れに歯止めがかからないのに、人口減少に転じる見通しとなっているのは、それ以上に東京都の自然減少(出生数と死亡数の差)数が多くなるためである。一極集中による社会増加が進んでも追い付かず、人口規模を維持できないということだ。

東京都はこれまで地方からの若者が集まってくることで「街としての若さ」を保ってきたが、これからその姿を変えるということでもある。

今後、「東京」では高齢化が大きく進む。社人研によれば、東京都における2050年の65歳以上人口は425万8778人で、2020年(319万4751人)より106万人程増える。しかも、高齢者のうち6割は75歳以上が占め、2050年の東京都は「5・7人に1人が75歳以上」となる。

ちなみに、2050年の全国の65歳以上人口のうち約3割は東京圏に住むようになると見込まれている。まさに「高齢者の東京一極集中」である。

高齢者が「東京」に集中するにつれて、地方では高齢者までが減ることとなる。26道県では2050年の65歳以上人口が2020年を下回る見通しだ。65歳以上人口の増加が続く大都市圏や沖縄県と、減少が続く地方圏とに日本社会は2分するのだ。国内マーケットの地図は大きく塗り替えられる。

これまでどの産業も勤労世代の減少分を、増大が続く高齢者マーケットの取り込みで補おうとしてきたが、そうした手法が通用しなくなるエリアが拡大するということである。

とりわけ影響を受けそうなのが小売業や飲食業のような対面販売を基本とする業種だ。患者と直接触れ合う医療業界も例外ではない。

一般的に高齢者ほど病気になりやすいので、高齢者が減少する地域では「患者不足」が速く進むこととなり、医療機関同士のパイの奪い合いが激化しそうである。

こうした国内マーケットの縮小と地域ごとの変化に備えて、各業界とも取り組みを急いでいる。収益力に陰りが見え始めているスーパーマーケットやドラッグストアといった流通業界は出店エリアの見直しや新たなニーズの掘り起こし、新業態への転換を念頭に置いた資本提携やM&Aなどの再編機運が高まってきている。

これに対して、医療業界の動きは鈍い。マーケットが縮小するというのに、医学部の入学定員は「地域偏在や診療科偏在の解消足対策」として2008年以降増員したままである。日本全体でしばらく高齢者が増えることに安心し、地域間差の広がりに無頓着な医療関係者は多い。

診療所(入院外)は過去20年以上にわたっての受診延日数は頭打ちしているのに、診療所数は増加の一途だ。

人口減少で患者数が少なくなるのに医師の養成数を調整せず、診療所も増えているのだからひずみが生じる。

その1つが偏在だ。人口10万人あたりの無床診療所数を確認してみると2021年の全国平均は78・2だが、特別区は112・5、政令指定都市は84・8となっており、大都市部のだぶつきが明らかになる。

しばらく高齢者数が増え続けマーケットの縮小ペースが緩やかな大都市に診療所が多いことは合理的な経営判断ではある。だが、過剰な集まり方では共倒れが懸念される。

これに対して、厚生労働省は外来医療計画に基づくガイドラインを作成し、「外来医師多数区域」において新規開業を希望する場合には不足する医療機能を担うよう求めている。だが、要請に従っている新規開業希望者は7割ほどでしかない。要請を行っていない都道府県もあるという。自由に開業ができる日本において、要請だけでは「外来医師多数区域」の解消は難しい。政府は医療機関同士の役割分担や連携を促す地域医療構想も掲げてきたが、こちらも進捗状況は芳しくない。

国内マーケット縮小が医療業界に与える影響は「患者不足」という需給バランスの崩壊にとどまらない。人口が減り、住民が高齢化すれば各自治体が得られる地方税収は目減りする。そうなると大きな打撃を受けるのが公立病院だ。
公立病院の経営は建設改良費を含め自治体の普通会計から多くの税金が繰出で成り立っているが、地方税収が落ち込めばあらゆる分野の予算を削らなくてはならなくなる。公立病院は「患者不足」による収入減に加えて、地方自治体からの予算の縮小という二重苦に悩むこととなる。

公立病院経営が苦しくなれば人件費の抑制にも手を付けざるを得なくなり、結果として医師を含めた医療スタッフの処遇が悪化して退職者が相次いだならば地域医療は崩壊の危機にさらされよう。すでに全国各地で公立病院のみならず自治体が支援する地域の拠点病院などの経営悪化が表面化しているが、さらに広がりそうだ。

これは、さらなる負の連鎖を呼び起こす可能性がある。地方の公立病院などを辞めた医師が大都市や県庁所在地などで診療所を開業すれば、診療所の過剰地域がますます拡大することになるためだ。

医療機関は重要な社会インフラである。高齢者までもが減って行く人口激減社会の到来に合わせて日本の医療の在り方を再定義が必要である。全体を俯瞰しながら、ある程度の強制力を持って医師の適性配置を図っていかなければ社会の変化に追いつけなくなる。

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河合雅司(ジャーナリスト、人口減少対策総合研究所 理事長)

◇◇河合雅司氏の掲載済コラム◇◇
「経済成長なくして社会保障なし」【2023.11.21掲載】
「無医地区の解決には『集住』が必要だ」【2023.8.15掲載】
◆「効果乏しい『異次元の少子化対策』はコスパを考えよ」【2023.4.25掲載】
◆「社会保障の次なる懸念を生む高齢者の負担増」【2022.12.20掲載】

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2024.02.06