GDPでドイツに抜かれた日本、真のDXで改革を
佐藤敏信 (久留米大学教授・医学博士)
日本のGDPがドイツに抜かれて4位に落ちたという。元々、日本の1人当たりGDPは高くなかったので、あまり驚きはない。しかし、不勉強で現象面しか見ないマスコミはこのことに大騒ぎだ。で、株価を見るとどうか、失われた30年を経て、何と日経平均最高値を何度も更新する展開となっている。その背景には様々な要因がある。例えば中国経済だ。米中デカップリングよる影響がじわじわ現れ始めたところへ、コロナ禍でのゼロコロナ政策。さらに不動産バブルも表面化してきた。BYDの躍進もあり持て囃されたEVも、本当に環境にやさしいのかどうか怪しくなってきた。心理的にはアステラス製薬の社員が拘束され、やっぱり怖い国と言う評価になったことも大きい。こうして行き場を失ったマネーは、消去法的に日本へと向かう。言わば敵失に乗じた形、運が巡ってきた形だ。しかし、運も実力のうちだ。
それでも今の好調を維持するためにはどうしたらいいだろうか。冒頭のマスコミによると、「労働の生産性が低い」のが理由だという。そうかもしれない。自身の体験でも、役所や銀行を中心に無駄な手続きのオンパレードだ。ちょうど確定申告の時期なので、支払い調書や領収書をせっせと「紙」で集め、郵送で税理士事務所へ送っているところだ。ローンがあれば返済予定表も必要だし、銀行の残高証明書はもちろん、通帳の写しも必要になる。全て「紙」だ。漏れがないようにと神経も使うので、その労力たるや相当のモノだ。こうした一連の作業は全く付加価値を生んでいないのにだ。
本コラムでも再三指摘したが、日本は古来より、まじめにやること、手を抜かずにやること、さらには苦労することそれ自体が崇高なものとされ、あらゆることが「道」にまで昇華されている。柔道、剣道、茶道、書道などがそうだ。そう言う精神構造だと、紙の証拠を集めるのが面倒とか、それらを費目ごとに整理して提出するのが面倒と言うのは、不心得者なのだろう。それに加えて、初等中等教育においては、遺失利益、機会費用、無差別曲線などの概念も教えないので、そうした日本人の精神構造がマシマシ維持増強されることになる。
話を手続き論に戻して、一連の手間や無駄の根源をたどっていくと、結局は財務省と法務省に行きつく。彼らが過去にそう決めて、ルールを動かそうとしないのだ。今年の初めに、横浜地裁が 民事裁判の判決文などの原本22通 を誤って廃棄とのニュースがあったが、この場合で言うと印刷した文書のみを絶対のものと考え、これを証拠として保存するという現代においてはもはや時代遅れの不合理なルールを押し付けておいて、自分たち自身が守れないのだから何をかいわんやである。
財務省や法務省にだけ責任があるわけではない。 一般の職場を見てもDXで生産性向上との掛け声もある中、図で示せば、せいぜい(経産省の言う)デジタイゼーションに留まっている。つまり今の仕組みを是としたまま、それをデジタル化しようという程度なのだ。具体的に言うと、手書きの文書をワープロで印刷することにした、エクセルを駆使して表集計したとかである。効率化やDXの本質が相当に理解できている組織でも、せいぜい会議の出席確認やアンケート調査をグーグルフォームに切り替えたという程度だろう。
MIT Sloan Management Review より
まとめると、 真に労働の生産性を上げようと思うなら、 DXに取り組む前に、まず印刷物による証拠は原則廃止。当然、実印の押印も印鑑証明書も廃止。郵送による提出も原則禁止。これくらいの気構えで臨まないといけない。DXは効率化のきっかけ程度と考えればよく、そもそものルールや手順を見直し、必要に応じて大胆に廃止するのがポイントだろう。
もちろんDXそれ自体が効率化に資する場面もある。私自身、山中鹿之助でも中江藤樹でもないので、苦労するのは大嫌いなのだが、先月アメリカ人と契約を取り交わした。どうすればいいのかなと思っていたら、実印も印鑑証明書もなく、Adobe Acrobat Signを使って(内容を読む時間を除けば)わずか2秒で契約は終了した。さらに、昨年の後半からは有料版ChatGPT-4が業務に「使える」ようになった。もう手放せない存在となり、文書の要約、会議録作成、外国語文献の要約、パワーポイントの作成などの場面に使って、「時短」している。気づいた人もおられると思うが、図に示すようにいつの間にかMS-wordのホームタブのコマンド欄右端に(契約している人は)GPT for Excel Wordが表示され、文書作成をアシストしてくれるようになった。もっと驚くのは、1時間ほどの会議動画ファイルを放り込むと、1秒程度でテキスト化してくれることだ。最近のAIのポイントは、ディープラーニング(深層学習)にあると聞いていたのだが、「使用する」と言う観点からは、こうした音声や動画、整理されていないデータなど、通常は収集・分析の難しいいわゆる「非構造化」データを読み込んで分析してくれるというのがポイントと言える。それにしても、日々楽しく仕事ができて、心にもゆとりができた。
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佐藤敏信(久留米大学教授・医学博士)
◇◇佐藤敏信氏の掲載済コラム◇◇
◆「最近の進歩を踏まえて、我が国のDXをどう進めるか」【2023.12.5掲載】
◆「マイナンバーカード騒動に思う」【2023.9.5掲載】
◆「医療以外の現場のDXは進んでいるのか?」【2023.5.2掲載】
◆「医療機関におけるDXはなぜ進まないか ~その根底にあるものを探る~」【2023.2.7掲載】
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