自由な立場で意見表明を
先見創意の会

小保方 佐村河内 有栖川

平沼直人 (弁護士、医学博士)

STAP細胞

2014年1月28日、神戸市のポートアイランドにある理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(理研CDB)において、STAP(Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency刺激惹起性多能性獲得)細胞発見の記者会見が華やかに開かれた。小保方晴子(おぼかたはるこ1983-)は、一夜にして科学界のプリンセスになった。はじめSTAP細胞は、プリンセス細胞と名付けるつもりだった。王子に口付けされて眠りから目覚めるプリンセスのようだから。STAP細胞は、記者会見にも同席したCDB副センター長の笹井芳樹が命名した(小保方晴子『あの日』講談社2016年113頁)。
この記者発表とそれに続くマスコミ報道には、驚きと目映さを感じるとともに、研究室のピンクや黄色の壁紙やら試験管を手にした割烹着姿やらに同じくらいの違和感をはっきりと覚えた。

世界3大論文不正事件の1つに数える人もいる(毎日新聞科学環境部 須田桃子『捏造の科学者 STAP細胞事件』文春文庫2018年282頁)。残りの2つのうち、1つは、ソウル大学教授の黄禹錫(ファンウソク)がヒトクローン胚からES細胞を作ることに世界で初めて成功したと発表し、後に捏造が発覚し刑事事件にまで発展した。そして、もう1つがアメリカの名門ベル研究所の若きスター研究者ヘンドリック・シェーンが夢の科学技術である高温超電導の分野で矢継ぎ早に発表した実験論文が捏造だとされたいわゆるシェーン事件である(村松秀『論文捏造』中公新書ラクレ2006年)。このシェーン事件が起きたのは2002年であるが、STAP細胞事件とあまりに共通点が多く、半端ないデジャヴュ感だ。

小保方さんもシェーンも捏造を否定している。小保方さんの『あの日』(上掲)を読んでみても、真相は分からないが、「STAP細胞はあります」という言葉が虚しく聞こえる。
2014年8月5日、渦中の笹井氏が自殺してしまう。再生医療の分野で我が国を代表する科学者だった。小保方さんは、こう綴っている。「笹井先生がお隠れになった。8月5日の朝だった。金星が消えた。私は業火に焼かれ続ける無機物になった」(同書220頁)。この詩的な言い回しがSTAP細胞事件の真相を物語っているような気がする。

交響曲第1番《HIROSHIMA》

近所の大型電機店にまだCD売場があったころ、全聾の天才作曲家 現代のベートーヴェン佐村河内守(さむらごうちまもる 1963-)の交響曲第1番《HIROSHIMA》のCDがうず高く積まれていた。一瞬手が伸びたが、どうしてか胡散臭さを感じて手に取ることすらしなかった。
佐村河内氏の自伝の裏表紙には、次のとおり紹介文がある。
「すべてを擲(なげう)って音楽のためだけに生きてきた被爆二世の作曲家は、35歳で両耳の聴力を失う。絶望と虚無の淵から立ち上がらせたのは盲目の少女との運命の出会いだった。深い闇の中にいる者だけに見える“小さな光”に導かれて――。全聾の天才作曲家、奇跡の大シンフォニー誕生までの壮絶なる半生。感動のドラマ。」(佐村河内守『交響曲第一番 闇の中の小さな光』幻冬舎文庫2013年)
これはまるで大映ドラマじゃないか。被爆二世、聴力喪失、盲目の少女、運命、天才作曲家、奇跡、……。

新垣隆(にいがきたかし)が記者会見で佐村河内氏のゴーストライターであると告白したのは、2014年2月6日のことだった。
新垣氏がはじめ“現代典礼”というタイトルで作曲し佐村河内氏が改題した交響曲第1番《HIROSHIMA》を今あらためて聴いてみる。印象的な鐘の音が鎮魂と希望を胸に刻む。率直にいい曲だと思う。
佐村河内氏の指示どおり、演奏時間はベートーヴェンの第九の70分を上回る75分である。「彼のことば自体は非常に単純で、荘厳でとか壮大でとか、そういった言葉ばかりです。」(新垣隆『音楽という〈真実〉』小学館2015年103頁)

事件後の佐村河内氏を追った森達也監督のドキュメンタリー映画『FAKE』(2016年)。映画の終盤で佐村河内氏は補聴器を使いながら悲愴感に満ちた曲を完成させる。ラストシーン。森監督が「守さんに質問。僕に今隠したり噓をついたりしていることはないですか?」と質問すると、佐村河内氏の妻が手話通訳をし、それから氏が「うーん」と唸って、しばし沈黙、と突然にフィルムが切れたように映像が途絶える。

ニセ披露宴

2003年4月6日、青山のカナダ大使館の地下にある会員制クラブで、有栖川識仁(ありすがわさとひと)を名乗る男とその妃殿下という女がニセの結婚披露宴を催し、約400人の招待客からご祝儀などを騙し取った。男は、有栖川宮家の祭祀承継者で、高松宮様のご落胤(らくいん)という設定である。

久世光彦の小説に、『有栖川の朝』(文藝春秋2005年)なる作品がある。
ズバリこのニセ披露宴事件を題材にしたものだが、まったくの作り事である。にもかかわらず、妙なリアリティに満ち溢れている。ウソのウソはマコトということか。
橋口亮輔監督の映画『恋人たち』(2015年)に登場する男女二人組は、美女水という怪しい水を売ったり養鶏場の投資話を持ち掛けたりして、やがて皇族に成りすましてニセ披露宴事件を起こす。まあ、そうなるわなあ、と変に納得する。

『有栖川の朝』の解説(松山巌)は、この小説は「名前の物語なのだ」(文春文庫179頁)と喝破する。
科学、音楽、血筋、目に見えないものに名前が与えられ、物語が始まる。

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平沼直人(弁護士・医学博士)

◇◇平沼直人氏の掲載済コラム◇◇
「遠隔医療の法的問題」【2024.2.8掲載】
「イノベーター理論」【2023.10.5掲載】
「食」【2023.6.20掲載】
「行動経済学が変える!」【2023.4.6掲載】
「ICと医療法」【2023.1.5掲載】

☞それ以前のコラムはこちらからご覧下さい。

2024.03.12