看護師特定行為研修 努力と経験に見合う待遇を
楢原多計志 (福祉ジャーナリスト)
9年前にスタートした看護師の特定行為研修制度。開始前、厚生労働省は「団塊世代全員が後期高齢者になる2025年に向け、10万人以上の修了を目指す」と意気込んでいたが、昨年末時点の修了者数は6,900人弱で、目標の1割にも達していない。アンケートをみると、「職員が足りない」「研修と通常業務・子育てとの両立が難しい」など身も蓋もない回答が上位を占めた。厚労省の“大風呂敷”は今に始まったことではないが、医療業界全体の働き方改革や処遇改善など「いま、やるべきこと」をやってほしい。
在宅医療の担い手に
正式には「特定行為に係る看護師の研修生制度」という。修了者は「特定行為看護師」と呼ばれている。厚労省の説明によると、「2025年に向け、在宅医療などを推進するためには医師(歯科医師含む)の判断を待たず、(医師が作成した)手順書に沿って診療の補助を行う看護師を養成し、確保する制度」というのが制度の趣旨だ。
つまり、医療機関に押し寄せかねない後期高齢患者を在宅医療に振り向け、本来、医師が行うべき医療行為の一部(特定行為)を特定行為看護師に肩代わりしてもらおう─というのが狙いのようだ。
医師の働き方改革によって、特に勤務医の就労時間が制限されることや、在宅医療を充実するには訪問看護ステーションや介護施設に配置されている看護師のレベルアップが不可欠であることなども制度創設の要因になっている。
現在、「特定行為」は呼吸器や循環器、透析管理、血糖コントロールに係る薬剤投与など21区分され、具体的には「経口用気管チューブまたは経鼻用気管チューブの位置の調整」や「人工呼吸管理がなされている者に対する鎮静薬の投与量の調整」「胃ろうカテーテル、腸カテーテル、胃ろうボタンの交換」「インスリンの投与量の調整」など38行為がリストアップされている。
特定看護師になると、医師の直接的な指示を待たず、(医師が作成した)手順書に沿って21区分38特定行為を行えるようになる。研修では実践的な理解力や高度で専門的な知識と技能を習得する。
受講メリット
特定行為研修を受講するには、おおむね3~5年以上の看護師としての実務経験が必要で、厚労省が指定した研修機関に受講を申し込む。研修には21区分に共通する知識や技能を学ぶ共通科目のほか、区分ごとに学ぶ区分別科目があり、区分ごとの筆記試験に合格すると、修了書が交付され、特定行為看護師として認められる。
厚労省のまとめによると、全国には病院や大学など指定研修機関が352機関(ことし2月末時点)あるが、大都市圏と比べ地方は少なく、受講チャンスに大きな地域差がある。
修了者数は6,875人(昨年3月末時点)で1万人にも満たない。厚労省は指定研修機関を増やす一方、診療報酬に加算を設けたり、地域医療介護総合確保基金や人材開発支援助成金などの活用を呼び掛けたりしているが、打開に繋がっていない。
「人的にも財政的にも職員を研修に出す余裕がない」「受講してもメリットがない」「制度を知らない」…。特定行為研修制度の評価が芳しくない。
ことし2月、厚労省が医道審議会の看護師特定行為・研修部会に示した訪問看護ステーションの調査結果によると、受講に関する課題として「職員不足」「勤務調整」「他の職員への業務負担」が上位を占めた。部会の委員は「人材不足が深刻化しているうえ、保険収入(診療報酬・介護報酬)が伸びず、研修に出す余力がないのではないか」と指摘した。
また看護職員の課題としては「通常勤務と研修との両立が困難」「子育てなど家庭生活との両立が困難」「受講料の負担」「教育機関・実習期間が遠方で通学が困難」の順だった。これでは受講者が一気に増える状況にはない。
もっとひどい調査結果がある。3年前、民間調査機関が特定行為看護師を聞き取り調査したところ、「特定行為看護師になっても給与も手当も増えていない」「(勤務先の病院長から何のための資格なのかと質問された」と答えたという。“大風呂敷”はさっさと畳み、看護師の努力に報いる処遇改善策や制度の認知度アップなどスタート時点からの見直しが必要ではないか。
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楢原多計志(福祉ジャーナリスト)
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