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高齢者が減っても医療・介護費は伸び続ける

河合雅司 (ジャーナリスト、人口減少対策総合研究所 理事長)

国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の将来推計によれば、高齢者数は2043年の3952万9000人をピークとして減り始めるが、医療費や介護費はその後も伸び続ける。そんな「不都合な真実」が予想されている。

原因は「高齢者の高齢化」が進むためだ。

85歳以上人口は、「団塊ジュニア世代」(1971~74年生まれ)がすべてこの年齢となる2060年に1170万4000人となる。2040年の1006万人と比べると1.16倍増だ。85歳以上ともなると大病を患う人が多くなる。しかも高価な医薬品の開発は年々増えている。

一方、2060年の20~64歳人口は4721万6000人となり、2040年と比べて18.7%少なくなるので、このままでは国民のさらなる負担増は避けがたい。社会保障制度や国家財政に大きな負荷がかかることは間違いないだろう。

ところが、内閣府はこうした懸念を打ち消す推計を公表した。2060年度の医療・介護給付費の国内総生産(GDP)に対する割合を2019年度(8.2%)の水準に収めることは可能であるというのだ。
事実ならば朗報だが、そんな「うまい話」があるのだろうか。詳細を見ると、案の定、乗り越えなければならない幾つもの前提条件がつけられている。

求める経済の姿からしてハードルが高い。例えば、企業の技術進歩や生産効率化を示す全要素生産性(TFP)の上昇率は、デフレ経済に陥る前の平均である1.4%を想定している。労働参加も大きく進んで2045年時点で70~74歳の労働参加率が56%程度となることも想定している。これは高齢勤労者の年齢が5歳分若返る状況の実現だ。

さらに、合計特殊出生率だ。1.8程度で推移して若い世代の減少ペースが緩やかになることを織り込んでいる。

これらの条件をすべてクリアできたならば、人口が減少する中でも日本経済は実質成長率1.7%程度を達成できるというのである。

しかしながら、この成長率では2060年度における医療・介護給付費のGDPに対する割合を2019年度の水準に収めることはできない。具体的には医療費が年率1%増の場合には9.7%、高額医薬品の開発・普及などによって医療費が年率2%増となれば11.7%だ。やはり「うまい話」などそうそう転がっているものではない。

ところが、「2019年度の水準に収められる」ことを証明しなければならない事情でもあるのだろうか、内閣府はここで諦めず、条件を追加した試算も行っている。

追加された条件とは、医療・介護サービスの提供体制の効率化や、高齢者の自己負担割合の引き上げといった制度改革だ。これによって医療・介護費の増加分を吸収できたならば、1.7%程度の成長率かつ85歳以上人口が増えたとしても医療・介護給付費の対GDP割合は2040年度以降に縮小し、2060年度には2019年度と同じ8.2%となるというシナリオである。こうなれば、公債等残高がGDPに占める割合も低下し国家財政も安定すると説明している。

だが、「医療・介護費の伸びは抑制できる」ということを証明するのに、「医療・介護費の伸びを制度改革によって吸収」というのは、理屈の立て方がおかしい。目的が前提に転じてしまっている。ここまでハードルを高めて「抑制できる」と言われても説得力がない。

そもそも、内閣府が前提として示した条件には現実離れしたものが含まれている。最たるものが合計特殊出生率だ。内閣府が前提としている1.8台を最後にマークしたのは40年前の1984年。最新値である2022年は過去最低の1.26である。

実は、「合計特殊出生率1.8」というのは国民の結婚・出産に関する希望がすべて叶ったとしても実現し得ない数字なのである。要するに、努力すれば達成し得る「現実的な高さのハードル」とはなっていないということだ。

結婚や出産というのは国民個々の営みの結果であり、センシティブな問題だ。政府の政策誘導で何ともならないことは歴史が証明している。それどころか、現在の日本は出産期の女性数が激減し続けているため、合計特殊出生率が上昇しても出生数は増えないという現実がある。

内閣府の長期推計とは、最初からできもしない話を投げかけたということである。経済成長しても医療・介護費の伸びは抑え込めないが、経済成長しなければその伸びはより大きくなり、国民の負担も押し上げるということを証明したに過ぎない。

ただ、経済成長の重要性を「見える化」した点においては意義があった。内閣府の長期推計は、経済が実質ゼロ成長に終われば、2060年度の1人あたりの実質GDPは6.2万ドルにとどまり、9%台後半となる米国や北欧諸国と大差がつくという試算も示したのだ。

もしそうなれば賃金は伸び悩む。社会機能を維持するための国民の負担は必然的に増え、手取り額が減ることとなるだろう。日本の国際的な影響力は陰り、通貨「円」の信任が維持できなくなる恐れもある。ますます経済成長しづらい状況に追い込まれる。日本人は貧しくなるということである。

こうした未来を避けるには、日本を土台部分から作り替えるしかない。困難な道となるだろうが、人口が減っても経済が成長する仕組みを編み出すことだ。

人口が減るということは、働き手だけでなく、消費者も減るということだ。こうした状況下では、これまでのような量的成長は難しい。一刻も早く「質的成長」へと切り替えなければならない。

質的成長にはイノベーションによる高付加価値化が欠かせない。それには規制や古い慣習の打破が求められる。さらに教育やスキルを身に付けることも重要となる。組織や働き方も見直して、イノベーションを起こりやすい環境を築かなければならない。

ところが、政府や経済界は相変わらず量的成長の持続を求めて外国人の受け入れ拡大に懸命だ。しかしながら、これには限界がある。日本人の減り方が急激すぎて、それを穴埋めするだけの人数を送り出し続けられる国などないからだ。せっかくの努力も方向が間違っているのでは、むしろ害悪になりかねない。

「現状維持バイアス」を捨て去ることができなければ日本は終わる。内閣府の長期推計は実のところ、国民に変革への覚悟を求めているのかもしれない。

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河合雅司(ジャーナリスト、人口減少対策総合研究所 理事長)

◇◇河合雅司氏の掲載済コラム◇◇
「人口減少を見込んだ医療機関経営を」【2024.2.6掲載】
「経済成長なくして社会保障なし」【2023.11.21掲載】
「無医地区の解決には『集住』が必要だ」【2023.8.15掲載】
◆「効果乏しい『異次元の少子化対策』はコスパを考えよ」【2023.4.25掲載】

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2024.05.14