自由な立場で意見表明を
先見創意の会

「新たな地域医療構想等に関する検討会」のスタートに思う

佐藤敏信 (久留米大学教授・医学博士)

3月29日に「新たな地域医療構想等に関する検討会」スタートのニュースを聞
いてもあまり心に響かない。なんとも腑に落ちないというかしっくりしない感じなのだ。その理由を考えてみると、この議論の本当の目的が曖昧なまま進んでいるように見えるからだ。検討会メンバーを含め議論の中心にいる人たちにとっては「あらためて言うまでもないだろう。」ということなのかもしれないが、本当にそうだろうか。

結局のところ、目的は病床削減とそれによる医療費適正化なのだろう。それも高度急性期・急性期なのだろう。しかし、高度急性期が本当に医療費増嵩の主因なのか?仮にそうだとしてどの程度のウェイト・寄与があるのか?当初の構想から十年を経過した現在においても揺らぎのない前提なのかどうか?6月3日までの5回の検討会の議事録を見ても、こうしたことが検証・整理されないまま、現状で問題点と思えることをそれぞれの立場から発言されているという印象で、これではまた前回と同じような状況になるのではないか。言葉を変えて言えば、目的が明確にされないまま、またその目的のためにどういう手段があるかが議論されることなく、これまで大前提としてきた手段や手法をひたすら墨守したまま議論されているという印象だ。

主な課題も読み直してみた。私なりにまとめると、1)当初の構想は正しいという前提で実態との乖離があるということ、2)病床の機能分化・連携に加えて外来や在宅医療等を含めるということ、3) 在宅医療の強化、介護との連携、4)医師の働き方改革を進めながら、地域で必要な医療提供体制を確保、ということか。

まず、1)については、当初の構想が本当に正しかったのかどうか再検証すべきだ。とりわけ、医療費増嵩の主因が高度急性期・急性期の病床のせいなのかを定量的に確認すべきだ。2)との関連で言うと、病院の機能分化の徹底と連携によってこれが低減できるのかどうかを虚心坦懐に議論し直すべきだ。ちなみに後者については私は懐疑的だ。機会あるごとに申し上げているが、病院の機能分化の徹底と連携によって効率よく医療が提供できると考えるのは、製造業における水平分業の考え方を医療のようなサービス、とりわけ個別性が高く情報の非対称性のある分野について導入しようとするものであるからだ。仮に一定程度効果があるとしても、それは東京や大阪のように医療資源が充分に存在する地域に限られると思う。

次に3)についても簡単に在宅医療と言っているが、この構想にもある通り、85歳以上あるいは90歳以上が高齢者の中心となってくると、在宅医療は簡単ではない。これも機会があるごとに申し上げているが、私が母を看取った経験から言うと、90を超えると正常な加齢の過程にあっても認知・判断能力は著しく低下する。それだけではない。私の母のように、持病もなく血液データもすべて正常であるような老人でも、運動機能の低下が著しく、容易に転倒したりさらにそれで骨折したりする。1週間のうちに何回、いや1日のうち何回訪問してくれるのかわからないが、在宅医療サービスや在宅介護サービスで療養がなんとかなると考えるのは、都会育ちで本当に高齢者のお世話をしたことのない若い世代の机上の考え方としか思えない。またこれも意地悪く指摘しておくが、在宅医療によって本当に医療費や介護費用は適正化できるのか、もっと言えば当人や家族の遺失利得も考慮した上でのトータルの社会的コストの低減に本当に繋がっているのか検証し直した方がいい。  

そして、4)についてはこれまでもいろいろ書いてきたが、まずは医師の業務の中にある無駄な押印や署名、紙による資料作成を徹底的に見直し、不要なものはこの際排除しなければ達成できない。この点については5月31日の内閣府の規制改革推進会議の「規制改革推進に関する答申~利用者起点の社会変革~」にも指摘があり、期待したいところだ。

ともかくも、医療費の適正化が主目的であるのならそれを包み隠さず明示し、定量化した上で、今の医療や高齢者の療養の実態を知る人たちによる本当の議論をして欲しい。

ーー
佐藤敏信(久留米大学教授・医学博士)

◇◇佐藤敏信氏の掲載済コラム◇◇
GDPでドイツに抜かれた日本、真のDXで改革を【2024.3.4掲載】
◆「最近の進歩を踏まえて、我が国のDXをどう進めるか」【2023.12.5掲載】
◆「マイナンバーカード騒動に思う」【2023.9.5掲載】
◆「医療以外の現場のDXは進んでいるのか?」【2023.5.2掲載】

☞それ以前のコラムはこちらから

2024.06.11