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働き方改革の時代 -労働契約法に注意!ー

中村十念 [(株)日本医療総合研究所 取締役社長]

1.労働契約法

日本の労働法規の代表は労働基準法である。労働基準法は、労働者の最低労働基準を定め、罰則をもってこれらの履行を担保している。つまり刑法的性格である。
労働基準法とは別に、民法的な性格を持つ労働関係法のひとつとして労働契約法がある。この法律は、労働者と使用者の自主的な労働契約交渉を前提としている。
その上で、労働者の保護を図りつつ、個別の労働関係の安定に寄与することを目的としている。労基局の監督指導からは独立しており、刑事罰もない。

法律の制定が2007年と比較的最近であることから、医療業界では知名度は高くないかもしれない。医療業界は人手不足である。しかし、仕事柄、人足らずでは済まされない。バイトや非正規の大量動員で凌がざるを得ない。そこにタイミング悪く働き方改革による残業規則。医師も看護師も不足し、日直、当直、夜勤者も足りない。
専門医すら、病院単位でなく業界全体で補い合う構造となりつつある。非正規の数が増えれば当然の帰結として労働紛争も増える。労働契約法の出番も増えることになる。

2.基準法と契約法

労働基準法が刑法的、労働契約法が民法的であることにより、使用者側にとっては「アレレ!」と思うようなことも起こる。
例えば基準法では、解雇は1ヶ月前の予告あるいは1ヶ月分の給与の支払いがあれば成立する。
刑事的問題は、それで解決したとしても、民事的問題はそうはいかない。解雇に客観的、合理的、社会通念的事由がないと、民事的に訴えることが可能になるのだ。求職者の中には、そこを狙って初めから賠償金目的の知能犯がまぎれ込んでくる場合もある。そうでなくても組織のミスに付け込む手練者もいる。
それらの人にとっては、この労働契約法が大きな味方になるのは間違いない。

3.組織の対応スキル

労働契約法は、組織のリーガルリスクを大きくする方向に作用する。
とりあえずのリスクを小さくする方法は次の3つである。
(1) 複数対応
退職対応には密談は避けることである。1人での対応は、都合よく切り取りされた証拠に対応できない。同情を求められると、ついうなづいてしまうことがあるかもしれない。
必ず複数で対応することである。
(2) 記録
面談内容は記録に残し、関係者のみならず、相手にも交付する。法律はエビデンス主義であることを忘れてはならない。
(3) 持ち過ぎない。
事件化する可能性を感じたら即座に弁護士案件にすべきである。
相談できる顧問弁護士と日頃から懇意にてしておく必要がある。

4.コンプライアンス体制の整備

不幸にも労働問題に出会ってしまったら、これを組織力の強化につなげていくチャンスとすることである。組織力の強化とはコンプライアンス体制を整備していくことに他ならない。
医療機関が「景品表示法」違反に問われる時代である。(予防接種を割引した人にマップ上に5つ星評価の投稿を頼んだ事件が問題となった。)
医療機関には労働法関係ばかりでなく、法律の網が覆いかぶさってきている。
医療機関の組織や人事の担当者はこの事実を認識しなくてはならない。
その上で医療安全活動との連携を深めていく必要がある。なぜならパワハラ、カスハラ等ハラスメントリスクも拡大の一途だからである。
時代は、マネジメント上やガバナンス面において、センスを持った経営陣の育成を図らなければ、生き残りがむつかしい事業領域になりつつある。

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中村十念[(株)日本医療総合研究所 取締役社長]

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「2024年高まる医の法的リスク」【2024.1.11掲載】
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2024.06.25