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先見創意の会

医療・健康におけるデータの活用:中国の「データ価値化・活用事例創出」 2024年動向

岡野寿彦 (NTTデータ経営研究所 シニアスペシャリスト)

“二十一世紀の石油”とも称されるデータの活用をめぐり、世界の国・地域でそれぞれの制度・文化を踏まえた取り組みが進められている、欧州は、「個人の利益保護」を理念として打ち出しながら、データの活用を推進するためのルール・仕組みづくりで世界の先頭を走っている。米国は、前回「医療・健康データのセキュリティ:デジタル主権をめぐる米中の攻防」で解説したように企業によるイノベーション創出と自主的なガバナンスを原理としつつ、安全保障の観点から国家によるデータのコントロールを強める方向にある。これに対して中国はデータを「生産要素」として位置づけ、その財産権、流通取引、収益分配、安全・ガバナンスについて体系的に制度を整えたうえで、政府のトップダウンにより活用事例の創出に取り組んでいる。

いずれの国・地域においても、医療・健康はデータの活用、セキュリティの両面で最重要な分野となっている。本稿では、中国のデータ活用に向けた制度・政策を解説したうえで、医療・健康分野における動向を概観する。

1. 中国のデータ政策:データ価値化と活用

中国政府はデータを土地、労働力、技術、資本に次ぐ「生産要素」として位置づけて、制度の整備と利活用の推進を、司令塔を明確にしながら政府のトップダウンで推進している。

(1)データ二十条:財産権、流通、分配、ガバナンス制度の整備

2022年に制定された「データ二十条」は、国家の戦略資源であるデータの「財産権」を定義したうえで、「流通取引制度」と「収益分配制度」、そしてこれらを下支えする「安全・ガバナンス制度」を規定している。データの「価値化」に向けて、その包括性に特徴があると言える。

このうち財産権については、「データ資源の所有権」、「データの加工・利用権」、「データ商品の経営権」の「三権分離」というコンセプトを打ち出して、データに関する権利保護、加工および利用を通じた価値化の制度的な裏付けを整えている。そして、制度運用のカギとなる「高品質なデータの供給」を進める対象と方法として、
① 公共データ:行政機関による積極的なデータ開放・使用許諾の推進
② 企業データ:提供のインセンティブの強化
③ 個人データ:受託メカニズムの探索
を掲げている。政府が行政データのオープン化を積極的に進めると共に、プラットフォーマーなど企業がデータを囲い込む、エコシステム間で「排他」するのではなく、データの開放・共有を進めることを促す。さらに、個人が自らのデータを財産として活かせる仕組みを整えようとしている。
 
データ流通エコシステムの形成と収益分配制度
三権分離を旨とするデータの財産権を定義したうえで、流通取引を推進するインフラとして、データ取引所を国家レベル、地域レベル、特定の行政分野で開設する。そして、データ処理、コンプライアンス評価、資産評価、取引仲介を行う事業者を育成して、データが合法的かつ効率良く流通するエコシステムを形成しようとしている。

さらに、収益分配制度として、次の原則を掲げている。
・初期的な分配:市場が貢献度を評価して報酬を獲得するメカニズムをつくる
・二次的、三次的な分配:公共の利益と弱者に注力し、大企業が積極的に社会的な責任を担うことを推進する。

データ二十条は、実行レベルまで制度として具体化している部分と思想・方針レベルの部分とが現状では混在しているようにも見えるが、「データとは何か?」まで遡って、財産権、流通、分配、ガバナンスを包括的に制度化しており、世界に先駆ける野心的な取り組みだと言える。

(2)「データ要素×」3カ年行動計画:300のデータ活用事例を創出

データ二十条で「データ基礎制度」を整えたうえで、データの活用を促す政策として、中国国家データ局(※注1) など17部門が「『データ要素×』3カ年行動計画(2024~2026年)」を2024年1月に発表した。デジタル化の進行とともに多様化するデータの「融合」を促進して、新産業や新モデルを生み出し、経済成長の新たな原動力とすることを目指すものだ。

数値目標として、2024年~26年の3年間で波及効果が高い代表的なデータ活用事例を300以上創出するとしている。
 
そして、①製造、②農業、③商業・貿易・流通、④交通輸送、⑤金融サービス、⑥科学技術イノベーション、⓻文化・観光、⑧医療・健康、⑨緊急対応管理、⑩気象サービス、⑪都市ガバナンス、 ⑫グリーン・低炭素、の12分野を重点分野として定め、データ活用の方向性、シーン例を提示している。

2.医療・健康におけるデータ活用の促進

中国の医療・健康分野におけるデータ活用は、先見創意の会コラムでも解説したオンライン医療(中国のオンライン医療・ヘルスケア事業の最新動向:2Cから2Bへ)、保険テック(テクノロジーによる保険事業の変革:衆安保険(中国ネット保険のパイオニア)のヘルスケア・エコシステム) が先導しており、医療機関も情報システムの開発投資を強化する方向にある。また、コロナ禍において診断や感染予測・予防に用いるAIアルゴリズムの開発が大量のデータを用いて急速に進められた。しかし、既存の制度・組織の壁、人材不足などに起因して、全体的な底上げには至っていないとの評価もある。

その中、「データ要素×」3カ年行動計画(2024~2026年)では、医療・健康におけるデータ活用について、次の5つの方向を掲げている。

(1) 市民の医療の利便性を高める:
電子カルテのデータ共有を実現し、診察・検査結果のデータ規格の統一や医療機関間の共有・相互承認を推進する。
(2) 医療費の請求・決済の円滑化:
・ 信用情報を充実させ、医療機関の「先ずは診療し、後に支払う」取り組みをサポートする。
・ 利便性の高い医療保険サービスを推進する。公的健康保険と商業健康保険のデータの統合と応用を法令に基づき模索し、保険サービスのレベルを向上させる。
(3) 医療健康データによる公共サービスモデルの革新:
個人の健康データファイルを改善し、健康診断、診察、疾病管理などのデータを統合し、職業病の監視、公衆衛生事象の早期アラームなど、データ駆動型の公共サービスモデルを構築する。
(4) 医療データの統合とイノベーションの強化:
公的医療機関が法令遵守を前提に金融、年金、その他の事業体とデータを共有することを支援することで、商業保険商品、療養・リハビリ、その他のサービス商品の精密な設計を可能とし、インテリジェント医療・健康管理などのデータを活用した新モデル・業態を拡大する。
(5) 中医薬の発展をアップグレードする:
漢方薬の予防、治療、リハビリなど医療健康サービスの全過程において、様々なリソースからのデータの統合を強化することで、漢方薬の有効性、薬物の相互作用、適応性、安全性などのシステマティックな分析をサポートし、漢方薬の質の高い発展を促進する。

以上の医療・健康におけるデータ活用の主要ターゲットは、必ずしも新規性が高いものではない。私たちが注目するべきは、上述した「データ二十条」のキモである①公共データの開放、②企業データの提供のインセンティブの強化、および③個人データの財産権としての活用が実行され、高品質のデータ供給が促されることによって、多様なデータの「融合」を通じた既存課題の解決&価値創出がどのように進むかである。また、高品質な行政、医療機関・企業および個人データが実際にオープン化・連携されるためのメカニズムにも着目したい。

中国の特徴として、政府が重点取り組み方針を打ち出せば、企業(医療機関を含む)、行政機関はこれを機会として積極的に取り組み、先進事例の創出を競い合う。国情の違いはあるが、中国での医療・健康におけるデータ活用事例とこれを促すメカニズムは、日本においても参考になると考える。

2024年1月に「データ要素×」3カ年行動計画が発表されてから半年が経過し、医療・健康に関してもデータ活用の先行事例が公表されつつある。次回は、これらデータ活用事例を分析して日本への示唆を提示することとしたい。

【脚注】
※注1 データの利活用の促進やそのための分野横断的な相互接続と相互運用の推進、デジタルインフラの配置と構築の推進を目的に2023年に設立。

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岡野寿彦(NTTデータ経営研究所 シニアスペシャリスト)

◇◇岡野寿彦氏の掲載済コラム◇◇
「医療・健康データのセキュリティ:デジタル主権をめぐる米中の攻防」【2024.5.7掲載】
「テクノロジーによる保険事業の変革:衆安保険(中国ネット保険のパイオニア)のヘルスケア・エコシステム」【2024.1.23掲載】
「中国のオンライン医療・ヘルスケア事業の最新動向:2Cから2Bへ」【2023.10.17掲載】
「Chat GTP(生成AI)とつき合う」【2023.6.6掲載】

☞それ以前のコラムはこちらからご覧下さい。

2024.08.06