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先見創意の会

150年に及ぶ日本の近代官僚制度はこのまま終焉を迎えるのか

佐藤敏信 (久留米大学教授・医学博士)

この原稿を書いている時点では、猛暑に地震、台風、そしてパリ・オリンピックにおける日本人選手の活躍、高校野球の結果、旧盆の帰省ラッシュ、岸田総理退任に伴う総裁選の話題など、何か冷静にものを考えるという時期でもなさそうだ。しかし、そういう状況だからこそ、国家公務員制度の現状とその解決策について書いておきたいと思う。

私は今年の7月で、厚生労働省退官後10年が経過した。これは以前も書いたが、2014年と言うと、5月30日に内閣官房に内閣人事局が発足していたのだ。私の退職はそれから1か月と少ししか経っていない時期だったので、内閣官房も厚生労働省側も、退職国家公務員の再就職の時期や行き先については神経をとがらせていた。内閣人事局の存在に隠れてあまり知られていないが、実はこれに先立つ2008年12月には内閣府に再就職等監視委員会も設置されていた。

いずれにしても、国家公務員に対する逆風は相変わらずだが、ここまで公務員組織とその士気が衰えると、その風も幾分弱まったように見える。前述のように内閣人事局発足から10年ということもあってか、7月には週刊ダイヤモンドが「公務員の逆襲」という特集を組んだし、日経新聞にも細々と記事が載った。

今さらだが、国家公務員制度へのこれまでの逆風について列挙してみる。一つ目は国家公務員宿舎の縮小である。地価・家賃の高い東京において生活するにあたって、国家公務員宿舎は重要で、例えば地方出身の優秀な官僚志望者を引き付けるという意義は大いにあったと思う。しかし、 2006年の内閣府地方創生推進事務局の「東京23区内に所在する国家公務員宿舎の移転・再配置と跡地利用に関する報告書」とともに、都心三区の国家公務員宿舎はほぼ廃止されてしまった。実は私自身も南青山二丁目に官舎を提供されていた。国会に近いということが取り柄だったが、老朽化していたし、設備の仕様もずいぶんとグレードが低かった。それでも一部のマスコミや国民の皆様から見ると「特権」のように思えたことだろう。この宿舎の入居者には期限を切って退去の指示が出て、その後は売却され、今は民間の瀟洒なマンションが建っている。しかし、後述の過酷な国会の状況の中で、国会から近い距離に宿舎があるというのは(私を含めて国会で答弁機会のある)国家公務員の心身の健康には相当程度寄与していたと思う。

二つ目は、報酬の問題である。 8月13日の日経新聞には「公務員給与、キャリア通し民より安く 初任給増も見劣り」とある。本給が少ないばかりか、つい最近までは時間外手当にも天井(それも低い低い天井)があり、いくら超過勤務をしてもそれが手当に反映されない、いわゆるサービス残業の状態が続いていた。さらにみみっちい話をすれば、この少ない本給を幾ばくか補ってくれていた原稿料や謝金にも監視の目が届くようになった。ちょっとした空き時間を探して業界誌などに投稿することで、それなりの原稿料が入ったり、あるいは講演においてそれなりの講演料をいただくこともあったのだが、これもその額に制限が付き、公表の対象となり、事実上は禁止のような状態となった。

三つ目は、先ほど紹介した週刊ダイヤモンドの特集の小見出しにもなっている、国会議員による「パワハラ」だ。雑誌の小見出しだから、軽々しくパワハラという表現を使っているが、丁寧に書くならば国会議員による国家公務員に対するやや度を超えたような指示や態度だろう。少し説明をしておくと、昭和の時代には、政官財の「鉄のトライアングル」のようなものがあった。国家公務員に関して言うと、その力の根源に補助金とその配分に関する裁量があった。優しく言い換えると、国家公務員が地方自治体や民間に対する補助金の配分に関する絶対的な権限を持っていたのだ。そうしたことから、地方選出の国会議員も、国家公務員の顔色を窺わざるを得なかった。しかし、例の小泉構造改革の中の三位一体改革によって、補助金の原則交付金化が断行され、いわゆる「箇所付け」という作業がなくなった。こうして、国家公務員の権限のかなりの部分が事実上無くなった。そうなると、国会議員は、鼻持ちならない(?)国家公務員に頭を下げてお願いごとをする必要もなくなった。

こうした一連の変化や対応の結果はどうなったかというと、5月28日の日経新聞にあるように「キャリア官僚合格、東大生が過去最少 試験倍率は最低に」なったし、8月5日の読売新聞にあるように「キャリア官僚『10年未満で退職』過去最多、理由は長時間労働や〜」ということになったのである。

こうした国家公務員バッシングともいえる状況に陥った背景には、(言葉に気をつけなければいけないが)やはりマスコミや国民の皆様からの妬み・嫉みのようなものもあったのではないか。バブル崩壊後、周りを見渡してみたときに、国家公務員だけが前述のような便利な官舎に住み、高給を食み、さらに再就職で高い給与を得ていると映ったのではないか。冒頭に述べた私の実体験との関係で言うと、現役時代には充分な報酬は得られていないので、せめて再就職においてもそれなりの配慮があってしかるべきとの思いはあった。それなりの民間企業に就職した友人たちに状況を聞いてみても、退職後は、程度の差こそあれ関連企業等への再就職の斡旋・紹介を受けている。これが国家公務員の場合、斡旋がないばかりか、仮に自分で探すとしても在職中の職務と関係のないところでなければならない。私が見知った範囲では、アメリカの場合、政府機関で働いている時の給与は必ずしも高くないが、政権交代等で退職すれば、政府機関で働いていたということをもって好待遇の民間企業に就職することが一つのルートになっていたようだ。平素、「わが国だけが、遅れた間違った不公平なルール」などと解説するマスコミが、この点では「アメリカでは」と言わないのは、知らないか、知っていても書くと都合が悪いからなのか…。

話を戻すと、政府全体としてもこうした状況に手をこまねいていたわけではない。2022年には人事院が中心となって、「未来の公務の在り方を考える若手チーム」の提言も公表された。今年の8月8日には、人事院勧告と川本総裁の記者会見があり、「約30年ぶりとなる高水準のベースアップ」が報告された。しかし、前述の日経新聞にある通り、まだまだ民間大手の給与水準には追いついていない。

文句を言うばかりではいけないので、私からも実体験に基づき一つだけ提案をしておく。給与アップのように費用を計上する必要がなく、しかも即効性があるのは、現時点では国会改革だ。中でも国会質問の個々の国会議員の事前通告の時間の公表である。このことは、1月のJ Castニュース・高橋洋一の霞ヶ関ウォッチにおいて「国会質問通告、著しく遅ければ『議員名を公表』すればいい 官僚の答弁作成完了『午前1時31分』の改善策」にも書かれている。少し解説しておくと、これは国会議員の問題だけでもない。そもそも(国会の当該)委員会が本当に開催されるのかの決定が遅いこともある。したがって委員会の開催が決定した時間との関係で、質問通告までの時間を評価すればいい。また小さな政党の中には、一人でいくつかの委員会をかけ持っている人がいて、それぞれの質問作成に時間が取られるということもあるだろう。しかし、それは政党側の事情である。それを理由に国家公務員に無理を強いていいということにはならない。国家公務員を深夜まで待機させ、煌々と電気をつけて作業をさせれば、コストがかかる。そのコストはすべて国民の皆様からの税金なのだ。したがって、公表するだけでなく、一定の理由がなく質問通告が遅れた場合については、時間当たりでその費用を当該議員あるいはその所属する政党に請求すればいい。国会議員にも国民の間にも、「遺失利得」とか「機会費用」という概念がなく、ひたすら精神論で努力を強いるからこういうことが起こるのである。

もちろん、読者の中には「えっ、この程度のこと?」と思いの方もあるかもしれない。しかし、通告が遅れることが答弁作成の遅れにつながり、答弁の各局協議の遅れにつながる。そして早朝には答弁者への説明いわゆる「朝レク」だ。当然のように本会議・委員会への陪席もしなければならない。こうして1日20時間にも及ぶ国会への張り付きのためにすっかり疲弊してしまい、開会中は新しいことを考えたり、過去の政策の点検を行うなどの時間はほぼ皆無になってしまう。そのツケは、結局国民の皆様に返っていくのである。

一時期、医療の世界で「立ち去り型サボタージュ」という言葉が話題になったが、まさに国家公務員においてもこの現象が顕著になりつつある。私の記憶の中では、ほとんどの職員が、私利私欲を捨て、少しでも世の中の役に立とうという思いで勤務していたように思う。最早手遅れなのかもしれないが、一旦組織を壊してしまうと再生は難しい。OBの一人として、なんとか踏みとどまって欲しいと思う今日この頃である。

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佐藤敏信(久留米大学教授・医学博士)

◇◇佐藤敏信氏の掲載済コラム◇◇
◆「『新たな地域医療構想等に関する検討会』のスタートに思う」【2024.6.11掲載】
◆「GDPでドイツに抜かれた日本、真のDXで改革を」【2024.3.4掲載】
◆「最近の進歩を踏まえて、我が国のDXをどう進めるか」【2023.12.5掲載】
◆「マイナンバーカード騒動に思う」【2023.9.5掲載】

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2024.09.03