自由な立場で意見表明を
先見創意の会

胡友平さんと董光明容疑者と

榊原智 (産経新聞 論説委員長)

中国と中国人による日本への狼藉が相次いでいる。

8月26日には、中国軍の情報収集機が長崎県男女群島沖の日本の領空を侵犯した。中国軍機による日本の領空侵犯が確認されたのは戦後初めてのことだ。中国軍機は、緊急発進(スクランブル)した航空自衛隊戦闘機の数十回にわたる警告を無視して日本の空を侵した。軍の情報収集機が自機の位置がわからないということはあり得ない。侵犯は意図的としか思えない。ちなみに戦前では、日中戦争のさなか、中国軍機が長崎に飛来して宣伝ビラを散布したことがある。それ以来の出来事だろう。南西諸島だけでなく九州も大陸に近いのだ。

日本政府は今回の領空侵犯について重大な主権侵害だと中国政府に抗議した。だが、中国側は何の謝罪もしてこない。中国国防省の報道官は同29日の記者会見で、「中日双方は外交ルートを通じて意思疎通を保っているところだ」「中国側は平素から各国の主権を尊重している。この件について深読みをしないよう望む」と述べただけだ。何を偉そうに、と感じた日本人は多いだろう。同31日には、中国軍の測量艦が鹿児島県沖で日本の領海に侵入してきた。日本の抗議などどこ吹く風、のようである。

乱暴狼藉は中国軍にとどまらない。5月31日と8月18日には中国人が、東京・九段の靖国神社の神社名を記す「社号標」という大きな石柱に落書きする不敬事件が起きた。二つの事件の容疑者は別で、どちらも犯行を中国のSNSにアップした。

5月の事件の中国人容疑者3人のうち2人は中国へ逃亡し、日本に残った1人は警視庁公安部に逮捕された。中国へ逃げたうちの1人である董光明容疑者は、中国当局に別の恐喝事件の容疑で逮捕された。8月の事件の容疑者は中国に逃亡したままだ。

日本の戦没者追悼の中心施設である靖国神社には、246万余柱の戦没者が祀られている。尊い命を捧げた英霊にとって靖国神社で永く祀られることは自明だった。いわば日本の国と英霊の約束である。靖国神社への見方はどうあれ、社号標に落書きするような不敬な犯行は決して許されない。神聖さを冒瀆できたと悦に入るようでは自らの品性を貶め、中国と中国人の国際イメージを損なうだけだろう。 

8月19日には、NHKのラジオ国際放送、ラジオ第2放送の中国語ニュースで、アナウンサー役の中国人外部スタッフが「釣魚島と付属の島は中国の領土だ」「南京大虐殺を忘れるな」などと原稿にない発言を行った。

「釣魚島と付属の島」とは、中国側が、日本固有の領土である尖閣諸島(沖縄県石垣市)を呼ぶ名称だ。日本の公共放送の電波が中国人に乗っ取られ、中国の誤った主張が垂れ流された。電波ジャックをしたこの中国人も中国へ逃亡した。

中国軍による日本の領空侵犯、領海侵入は、中国共産党政権と同党の軍である中国軍(人民解放軍)が国際法を尊重するつもりがないことを示している。また、日本に対して軍事的挑発を重ねることをためらわないことも意味する。

日本政府も国民も、このような隣人への警戒を怠ってはならないということだ。防衛力増強をはじめ対中抑止の強化を急がねばならない。

また、日本の法律を無視する中国人の反日的行動は、中国共産党政権による長年の反日教育の結果と言わざるを得ない。中国の反日教育が日本社会に実害をもたらし、日中関係を損なっている。犯行がエスカレートしないよう、取り締まりと警戒が欠かせない。日本政府は中国に対し反日教育の停止を求めるべきだ。

中国人の狼藉は、反日感情だけが理由ではないかもしれない。中国政府に強いられる場合もあり得るのだ。言うまでもなく中国は共産党独裁の全体主義国家、専制国家で、自由も民主主義も法の支配も存在しない。中国には「国防動員法」という法令があり、動員令が発令されれば、中国以外の国にいる中国国民も対象となる。

日本の公的機関、民間企業などに勤務する中国国民も中国共産党政権の命令に服さなければならないということだ。また、国防動員法の動員令の発令がなくても、中国には「国家情報法」という法令もある。同法は「いかなる組織及び国民も、法に基づき国家情報活動に対する支持、援助及び協力を行い、知り得た国家情報活動についての秘密を守らなければならない」と定めている。中国政府や軍の情報機関が、日本にいる中国人にスパイや破壊工作などを遂行するよう強いる可能性もあるということだ。その場合、国家情報法に加え、中国国内で暮らす親族が人質になるだろう。

日本はこれらのリスクを忘れず、警戒を強める必要がある。

ただし、私たちは胡友平さんのような中国人もいることを忘れてはならないと筆者は思う。

胡さんは6月24日、中国江蘇省の大都市・蘇州で日本人学校のスクールバスが刃物をもった中国人の暴漢に襲われた際、身を挺して日本人学校の生徒たちを守り、亡くなった。彼女の行動は、善良で勇気ある中国人の存在を知らしめてくれた。

中国絡みの相次ぐ反日行動、事件には眉を顰めざるを得ないが、胡さんのような人々も中国には存在していることは希望である。日本には多くの中国人が来訪したり、暮らしているが、靖国神社に不敬を働いたのはごく一部の不届き者だけである。

日本の独立と名誉、秩序を守るための用心は怠れない。同時に日本は自由の国、道義を尊ぶ国だ。中華民国(重慶政権)と戦っていた大東亜戦争中でも、中国人は日本と同盟関係にあった中華民国(南京政権)の国民ということで日本国内で抑留もせずに外国人として普通に暮らすことを認めていた。現代日本も、無実の中国人を不当に攻撃することはあってはならない。

ーー
榊原 智(産経新聞 論説委員長)

◇◇榊原智氏の掲載済コラム◇◇
「核軍縮だけではHEMP攻撃を防げない」【2024.5.28掲載】
「憲法改正で大災害時にも首相を選べる国会に」【2024.2.13掲載】
「『戦後平和主義』では平和を守れない」」【2023.11.28掲載】

☞それ以前のコラムはこちらからご覧下さい。

2024.09.10