人口減少という「静かなる有事」
清宮美稚子 (編集者・『世界』元編集長)
出生数70万人割れ
日本の人口減少が止まらない。
厚生労働省が去る6月に発表した人口動態統計の速報値をもとに、大手シンクタンクの日本総研は、 2024年の1年間に生まれる日本人の子どもの数を示す「出生数」が統計開始以降初めて70万人を下回るとする推計をまとめた。このことを報じた6月15日のNHKニュースによると、今年70万人を下回れば、国の予測より14年早く、想定よりも相当早いペースで少子化が進んでいることになる。合計特殊出生率(1人の女性が一生のうちに産む子どもの数)についても深刻で、2024年の数字は1.20程度となる見込みである。
国立社会保障・人口問題研究所の予測では、出生数が70万人を下回るのは14年後の2038年となっていた。その数が初めて100万人を割り込んだのは2016年のことで、これもショックな出来事だったが(この時点でどれくらい大きなニュースになったか,恥ずかしながら筆者は記憶にない)、出生数が100万人から70万人へと減少するのに22年かかるはずが,たった8年でそうなってしまったのはさらに衝撃だ。合計特殊出生率も2016年の1.44から(一時もち直した時期があったものの)歯止めがかからず下降していることになる。
100年で人口がピークの3分の1に
一方、総務省によると、2024年1月1日現在の日本の総人口は1億2488万人あまりで、前年より約53万人の減少だという(ただし、これは外国人も含めた数字である。外国人を除いた日本人の人口は約1億2156万人で、2023年と比べて86万人あまり減少している)。日本の総人口は、1967年に初めて1億人を突破し、2008年に1億2808万4000人とピークを迎えたが、その後は減少傾向に転じ、2011年以降は連続して減少している。
国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)」は、日本の総人口の推移についてこう指摘する。「2048年には1億人を割って9913万人程度となり、2060年には8674万人程度になるものと推計され、現在の3分の2の規模まで減少することとなる。さらに、同仮定を長期まで延長すると、100年後の2110年には4286万人程度になるものと推計される」。今から 120 年前の 1904(明治 37)年の人口は約4600万人だから、ピークの2008年から100年ほどでほぼその規模に戻ることになる。
ヨーロッパでは日本より人口が少なくても経済成長を維持し、豊かに暮らしている国がいくつもあるではないか,という声もあるかもしれないが、それは日本には当たらない。変化があまりに急激であることと,年齢別の人口のバランスが問題だからだ。世界でも類を見ない高齢化、それに対して現役世代(生産年齢人口)の急激な減少は、社会の維持をも困難にする大きな問題だ。まさに「静かなる有事」が進行している。
失われた30年
そもそも日本の少子化・人口減少問題が大きく社会の関心事となったのはいつ頃からだろうか。筆者が覚えているのは、1989年の「1.57ショック」である。この年の合計特殊出生率が、1966年=丙午(この年に生まれた女性は気性が激しく、夫を死なせるなどの俗信がある)の1.58を下回ったことで大騒ぎになった。それを受けて「エンゼルプラン」などいくつかの対策が立てられたものの、場当たり的なものばかりだったということか、ほとんど実効性のないまま今日まで来てしまった。2000年代前半には団塊ジュニア(1971〜74年に生まれた世代を指す。第二次ベビーブーム世代とも呼ばれる)がたくさん子どもを産んでくれるという甘い期待もあったが、それもはかなく消え去った。手を拱いているうちに、「1.57ショック」から30年以上、つまりひと世代以上の年月が経ってしまったのだ。
合計特殊出生率が少しでも上がることは、人口減少のスピードを多少なりとも緩めることにつながるだろうが、出生数の急激な減少に表われているように,出産可能年齢の女性が年々減っていることが問題の根本にある。これは小学生でもわかる算数だが、分母が毎年小さくなっていく=「母親不足」のなかでは、合計特殊出生率がたとえ多少改善されたとしても出生数の減少が止まることはない。その意味ではやや手遅れの感がある。失われたひと世代分の年月が悔やまれるが、現実を直視して、人口減少時代にどういう社会をつくっていくのか、議論を尽くさなければならないだろう。
激変する社会
少ない現役世代が高齢者の社会保障をどう支えていけるのか、経済に大きく影響する内需不足や働き手不足、移民と外国人労働者問題、「地方消滅」、ライフラインや交通網を維持して住み続けることができるのか、空き家・放棄地問題、、、思いつくまま挙げてみたが、どれもこれも少子高齢化・人口減少から直結し,絡み合う問題だ。連立方程式が複雑すぎて解がなかなか見つからない。
ひとつ言えることは、人口減の中では何もかも「今まで通り」とはいかないということだ。「現在の日本社会のシステムはその多くが、人口が増加し続ける前提で設計されている。今後は、何を優先し何をあきらめるのか、そのうえで縮小する人口規模に見合った『成長』を探っていかなくてはならない。医療や介護,年金や生活保護などの社会保障制度もタテ割りで議論するのではなく、制度間の整合性をとりながら、どんな社会をつくっていくかというビジョンを持つことが必要だ」(前田正子『無子高齢化――出生数ゼロの恐怖』、2018年)
たとえば,注目されている政策に「コンパクトシティ」がある。もとは都市のスプロール的膨張・乱開発に対抗する考え方だったが、人口減少時代のまちづくり、地方の戦略として国や自治体も注目し、マスタープラン作成が多くの自治体で取り組まれている。国土交通省は、生活サービスの維持という観点からこう述べる。「コンパクトシティ化により、居住を公共交通沿線や日常生活の拠点に緩やかに誘導し、人口集積を維持・増加させ居住と生活サービス施設との距離を短縮することにより、生活サービス施設の立地と経営を支え、市民の生活利便性を維持」(国土交通省『コンパクトシティ政策について』)
言葉を変えれば、地方においては、今後、生活サービスの提供が困難になりかねない地域が出てくるのは避けられないということだ。「緩やかに誘導」という表現が気になるが、住み慣れて愛着のある場所に住み続けることよりも持続可能な生活圏の形成が優先される、そんな時代になるのだろう。
社会で子どもを育てる
出生率と出生数の話に戻る。子どもを1人あるいは複数持ちたいが生活の状況や将来を見通せないことなどから踏みきれない、という女性やカップルも多いだろう。先進国ではみな少子化が進んでいるが、日本や韓国のような超少子化の国と、合計特殊出生率が1.8を上回る緩少子化の国(スウェーデン,フランスなど)がある。これについて、「1970年代以降,経済が停滞し,男性一人の稼ぎでは家族が養えなくなってくる中で,いち早く女性が働きながら結婚・出産できる条件を整備し『夫婦で稼いで収入の見通しが明るい』状況をつくり出せた国と,そうでない国との差」であると、山田昌弘や筒井淳也は分析している。そして、子どもは社会の宝であり,子どもへの投資(子ども手当など)についての社会的コンセンサスが求められる。これらの点では日本はいまだたち遅れていると思えてならない。
ーー
清宮美稚子(編集者・「世界」元編集長)
◇◇清宮美稚子氏の掲載済コラム◇◇
◆「能登半島地震と東日本大震災 ―「人口減少時代の復興」という重い課題―」【2024.6.4掲載】
◆「20世紀後半を代表する世界的指揮者――小澤征爾追悼」【2024.2.27掲載】
◆「豆腐の話」【2023.11.7掲載】
☞それ以前のコラムはこちらから