高齢者就業を推進する政府の狙い
河合雅司 (ジャーナリスト、人口減少対策総合研究所 理事長)
日本は超高齢社会に突入している。総務省によれば、2024年9月15日現在の高齢者人口(65歳以上人口)は過去最多の3625万人だ。高齢化率(総人口に占める割合)も29.3%と過去最高を記録した。
高齢者人口の増加に伴い高齢就業者数は20年連続で増えている。2023年は914万人で過去最多となった。就業者総数に占める65歳以上の割合は13.5%だ。単純計算すれば、就業者の7.4人に1人が高齢者ということになる。
だが、詳細に分析すると高齢就業者の増加数は伸び悩んでいる。新型コロナウイルス感染症が流行した2020年に903万人となったあたりから横ばいだ。2023年は過去最多といっても前年より2万人増えたに過ぎず、男性だけならば4万人減っている。
高齢就業者が頭打ちとなった理由の1つはコロナ禍だ。経営難に陥った企業が雇用を削減したのを契機に、「ここが潮時」と判断して働くことをやめてしまった人が少なくなかったということだ。
加えて「若い高齢者」が減ってきたことがある。むしろ影響としてはこちらのほうが大きい。
冒頭で紹介した2024年9月15日現在の高齢者人口のうち75歳以上は前年より71万人増えて2076万人だ。これは高齢者人口全体の57.3%である。反対に、65~69歳は前年より7万人少ない727万人、70~74歳は62万人減って822万人だ。高齢就業者の中心の年齢層が減少したことで頭打ちとなっているのである。
この傾向は今後加速する見通しだ。国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の推計によれば、65~74歳人口は一時的に増加するものの徐々に減る。一方、75歳以上人口は増減するものの2055年に2479万人に達する。
これらの予測を踏まえると、各企業が人手不足を高齢者雇用促進でカバーすることは難しいと言わざるを得ない。
こうした状況に対して、政府は高齢者の就業促進を強化しようとている。2021年に65~70歳までの就業機会の確保を努力義務としたのに続き、2025年4月からは高年齢者雇用確保措置として希望者全員の65歳まで就業機会の確保を義務化する。
さらに、高齢社会対策大綱では「働き方に中立的な年金制度の構築を目指す」として、在職老齢年金(賃金と厚生年金の合計が月額50万円を超すと年金額がカットされる仕組み)の見直しの検討項目に盛り込んだ。同大綱は2029年の65~69歳の就業率を2023年と比べて5ポイント引き上げるともしている。
ただし政府が高齢者雇用の環境整備の強化を急ぐのは、目先の人手不足の解消策だけではない。より強く意識しているのは、就職氷河期世代を中心とした「これから高齢者となる世代」の老後対策としての意味合いである。
就職氷河期世代は非正規雇用が多く、年金保険料の納付が途切れたり、支払いが滞ったりして年金加入期間が短い人が少なくないからだ。正規雇用であっても賃金上昇カーブが抑制され、十分な老後資金を蓄え切れないまま定年退職を迎える人が相当数出てくると予想されている。
賃金が抑制された影響は、そのまま年金受給額にも反映する。厚生労働省の年金財政検証によれば、経済が大きく成長しない場合には就職氷河期にあたる1974年度生まれが65歳時点で受け取る年金額(現在の物価水準ベース)は、39.1%の人が月額10万円未満になるという。このうち18.1%が月7万円未満だ。女性に限れば57.1%が月額10万円未満と予測している。
就職氷河期世代の前の世代にもデフレ経済の影響などを受けて、勤務先企業が倒産したり、リストラに遭ったりした人は少なくない。
すなわち今後の高齢就業者には、年金受給額も老後の蓄えも十分でなく「食べていくために働き続けなければならない」という人が相当数存在するようになるということである。
政府が高齢者の就業環境の整備の強化を急ぐのは、こうした状況に対処するためだ。人口減少によって税収の落ち込みが避けられない中、「働ける人には可能なかぎり働き続けてもらいたい」というのが政府の本音なのである。
しかしながら、雇用の対象年齢の引き上げを図るだけでは高齢者の就労推進とはならないだろう。日本企業には年功序列の賃金モデルのところが多く、再雇用者の人件費を抑制するのが一般的であるためだ。「高齢者の仕事=補助的業務」というケースがいまだ少なくなく、「自分の条件に合った仕事がなかなか見つからない」として働く意欲を失う高齢者は珍しくない。
能力ある人を年齢だけで選別して活用しないというこうした状況は、人手不足を高齢者の雇用でカバーしたいと期待する企業と、「老後期の生活費を稼ぎ続けなければならない」という高齢者の双方にとってメリットがない。
双方のニーズを両立させるには、年齢とは無関係に就業者個々の能力を正しく評価することだ。高齢者は健康面や体力面での個人差が大きくなりがちではあるが、そうした事情も含めた個々の状況や事情を総合的に勘案し、それぞれの人に見合った仕事に就けるようにすることである。企業には多様な雇用形態を用意し、提示することが求められる。
これは高齢者雇用にかぎった話ではない。人口減少によって日本の人手不足は今後さらに深刻化する。年齢や性別、国籍などを超えて意欲と能力のある人が責任あるポジションに就いて活躍できる社会へと変革しなければ、日本経済は成長することができなくなる。
ーー
◇◇河合雅司氏の掲載済コラム◇◇
◆「100年後の日本人1500万人」という衝撃【2024.8.20掲載】
◆「高齢者が減っても医療・介護費は伸び続ける」【2024.5.14掲載】
◆「人口減少を見込んだ医療機関経営を」【2024.2.6掲載】
◆「経済成長なくして社会保障なし」【2023.11.21掲載】
☞それ以前のコラムはこちらから