学ぶ方法が激変したことで、学ぶ・知ることの意味も激変した
佐藤敏信 (久留米大学教授・医学博士)
もうとっくに使用した経験のある方も多いと思うが、生成AIの進歩が著しい。
生成AIを巡ってはその限界や情報漏洩の問題ばかりが指摘されるが、上手に用いれば相当に有効である。
さて、そもそも我々は何のために勉強するのだろうか?どういう能力を身につけたいと思って勉強するのだろうか? 私なりに列挙してみると、知識の獲得、記憶、要点を掴む、創造、問題解決能力、スキルの練習を伴う勉強、批判的思考を養う、未来・将来を予測する、などだろう。このうち、知識の獲得、記憶、要点を掴むなどは、AIで相当に効率化できることが明らかになってきた。
そこでちょっとこんなエピソード紹介したい。私は厚生省時代に舛添要一厚生大臣に、比較的近い立場でお仕えをした。舛添大臣は世間的にはどういう評価になっているのかわからないが、私がお仕えした時の印象を一言で言うと、パターン認識能力を含めた記憶・認知の天才ということだ。もう少し詳しく言うと、例えば国会答弁などをお渡しして説明すると、すぐにその概要を把握され、書かれていることのポイントはもちろん、文章全体の構造その他専門用語の意味するところまで含めて理解されるのだ。したがって国会答弁でも、初めて問われたような質問については答弁資料を持って答弁に臨まれるが、 2回、3回となるともう持たずにいわゆる「手ぶら」で答弁席に向かわれる。要するに普通の人には到底真似のできないような理解力なのだ。
では、私のような凡人の場合はどうだろう。教科書や参考書を読みながらの勉強を例にとると、これまでは、まず教科書や参考書を何度も繰り返し読む必要があった。初めて触れる内容であればなおさらで、何度も読んで全体を把握し、その上で知識として獲得するが、それらすべてを一言一句記憶するわけにはいかないので、自分なりに「要約」して、記憶できる範囲で記憶するという作業が必要であった。しかし、AIを用いると、まず瞬時に要点を整理してくれるため、その上で全文を読むことで理解が格段に進むようになった。
単に要点をまとめるだけでなく、要点をまとめる際に「三番目の段落を膨らませて詳細に書いて欲しい。」といった掘り下げた指示も可能である。さらに、まとめにおいてもマインドマップ化、つまり視覚化・構造化して表示する機能も利用できるようになった。
実例1
2024年11月13日財政審財政制度分科会の社会保障のうち、医療の部分だけ取り出して視覚化したもの。巨大な図だが、右上の右向き三角マークをクリックすると、項目ごとに順次表示してくれる。
「読書百遍意自ずから通ず」という言葉があるが、AIによって百遍読まなくても要点が分かり、理解しやすくなったのだ。
また、まとめ機能だけでなく、読み上げ機能も備わってきた。たとえば、Microsoft Wordには文書を読み上げる機能があり、またブラウザ上の情報であれば、表示された文章を読み上げることができるようになった。読み上げと同時に読んでいる箇所をハイライトしてくれるため、視覚的にも理解できるようになった。要するに視覚だけでなく聴覚からも情報量が倍化し、理解が進むということなのだ。
さらに、読み上げを利用することで、それほど複雑な文章でなければ、読み上げてもらいながら別の作業、例えば机の上の片づけなどを行うことも可能になった。また、(実は私だけなのかもしれないが)人間は文章を目で読む際に、早く読もうと思うあまり、斜め読みをしてみたり、無意識に情報を取捨選択したりしているということにも気づいた。読み上げではそうした偏りがなく、文章全体が頭に入る。
こうした一連の読み込みと理解の効果は、特に外国語の論文では顕著である。 私はMicrosoftの回し者ではないが、pdfその他の形式の外国語の論文をMicrosoft Wordに読み込ませ、さらにWordの形式であるdocxに保存する。あとは「校閲」コマンドの「翻訳」をクリックするとほぼ完ぺきな日本語に翻訳してくれる。つまり、いちいち翻訳アプリや翻訳ソフトを使う必要がなくなる。翻訳した上で先ほどの日本語読み上げ機能を用いると、外国語論文を入手してからほとんど1分かからずに日本語の読み上げを聞くことができる。これは本当に驚異的だ。お使いになっていない方には、にわかには信じがたいかもしれないが、機能もスピードも、体感では百倍から千倍ほど向上した感じだ。
実例2
➀自分の専門領域でない、しかも英語論文を読まなくてはいけなくなったため、このpdfファイルをまずMicrosoft Edgeから読み出し、右隅にあるCopilotマークをクリックし、指示を出して(プロンプト文を書いて)概要を表示させたところ。
➁同じファイルを、(Windowsの場合で言うと、)エクスプローラー上で表示し、右クリックする。すると「プログラムから開く」のコマンドが出るので、そこでWordを指定して読み込ませる。スタイルが多少崩れるが、おおよそ元のスタイルを保ったまま、Wordで開くことができる。ここで、そのままのファイル形式で保存するのではなく、docx形式で保存することがポイントである。docx形式で保存することで、Wordの機能がフルに出来る。
➂「校閲」コマンドですぐに翻訳ができる
➃すぐに翻訳できた。翻訳できたので赤丸で囲ったコマンドA)))をクリックして音声で読み上げさせることができる。
さて、最初に教科書や参考書を何度も読み込む話をしたが、実はAIを活用する上での最初のステップは音声入力である。昔の音声入力は、前後関係や文法上の問題、単語と単語のつながりなどを考えずに単に音声を変換するということで行われていた。しかもそれらはオンプレミス、つまり端末側で行われていたので、非力なCPUではスピードも認識能力も耐えがたいものであった。私も購入して何度か使用した1997年頃IBMから発売されたViaVoice Gold日本語版もそうである。しかし、今のAIはそれらを全て包含して文字変換してくれるので著しく認識精度が向上している。
ここでも新たな発見があった。実は私自身は、中学生の一時期、学校にあった英文タイプのクラブに入っていた。当時は、英語を学び、さらにその先に英文タイプライターで美しい報告書が書ければカッコいいかなと思っていた。その際にブラインドタッチもできれば、なおだと思っていた。しかし、老眼が進み、指の感覚も麻痺し、ブラインドタッチなどはもうできなくなった。ミスタッチはあるし、入力自体うまくいったとしても、今度は漢字などの誤変換もある。そうすると、それらをキーボードでいちいち目で見ながらモニターを見ながら修正していく作業となる。
ところが、今のAIによる音声入力は、句読点挿入モードなどがあるので、ともかく喋りまくればいい。そして、その後ChatGPT-4oなどに放り込めば(アップロードすれば)いい。句読点の位置や文法の間違い、変な言葉遣いなどを適切に修正してくれる。そうなると、文章作成の質とスピードとが飛躍的に向上する。ともかく、手元のキータッチや、文字変換などに気を取られる必要がなくなるのだ。そうすると、ひたすら自分の考え方を頭の中でまとめればいい。その場合。 NHKのアナウンサーがニュースを読む時のような無駄のない素晴らしい文章でなくていい。会話のような、ちょうど電話で相手に話すような、あるいは親が子供に話すような、そういう語り口調でしゃべればいい。ChatGPT-4oなどが、不要な句読点なども変換・修正しながら、それらを最終的には報告書風のあるいはビジネスレター風の文章に書き改めてくれるからだ。もちろん細かなところをキーボードで修正する必要はあるが、それでも以前とは全く異なってくる。要は、これまでは(ブラインドタッチや漢字の誤変換など)余計なところに神経を使っていたということに気づく。そのために、本来の、アイデアを膨らますとか、論理構成を明確にするとかいうところへ神経が集中できていなかったということなのだ。これも大きな発見だった。
この音声入力の次のステップとして、会議の記録作成がある。これまでは録音や、場合によっては速記者までいれて、(会話音声の)テキスト化に多大な時間と経費を要していた。しかし、現在ではAIが要約までを短時間でやってくれるようになった。これにより、記録作成の労力と経費を削減し、人間が本来注力すべき業務に時間と費用を振り向けることができるようになった。
実例3
都内の大学病院に、日本語が話せる外国人2人を連れて、大人のADHD についてインタビューした時の様子
➀その時のインタビューを、 スマホを使ってLINEの関連アプリであるClovaNoteで録音し、瞬時に文字起こしテキスト化したもの。参加者の声を判別して書き分けている。
➁さらにこれをChatGPT-4oに投げ込んだもの。瞬時にレポートの形で整理してくれている。ClovaNoteの文字起こしテキスト化時点では、治療薬コンサータのことをコンサートと間違って書き起こしていたが、ChatGPT-4oは正しくコンサータで統一してくれている。
実際の話が終わってからまとめのところまで、慣れれば1分ぐらいだろうか。
このように、 AIは学習や作業の枠組み・手順を大きく変化させた。細かな知識を記憶させるような教育は、もはや不要で、時間の無駄と言えるかもしれない。最低限の知識を習得した上で、AIを使用して全体を把握し、理念やものの考え方を理解することに時間を使うべきである。
批判を顧みずに言えば、語学学習の意義も、 AIの翻訳や、読み上げ機能によって相当に低下したと言える。膨大な時間を語学学習に費やすより、批判的思考を養う時間や他の学習に充てる方が有効であろう。
一方、知識の習得や記憶の先にある問題解決能力についても、実はAIは役立つ存在である。たとえば多くのビジネススクールでは、ケース検討(事例研究)のようなものにかなりのウエイトを置いているようだ。 その際、 3C・4P分析とかSWOT分析とかを用いるだろう。これも実は「まとめる」という作業の一つだったのである。まとめるということは、読み込んだケースの中に隠されている教訓、言い換えると「暗黙知」を読み取り、それを一定程度の教育を受けた人であれば誰でも判るような「形式知」に変えるということだろう。こうした作業をたくさん繰り返することで、さまざまな事例に対応できるようないわゆる「応用力」を醸成しているのだ。しかし、こうした従来型の、マトリックスを埋めて、概念を整理し、理解して最終的に体得するというような手法は、ずっと以前のひたすら端から記憶して行くという手法よりは相当に効率的だが、それでもそれなりに時間がかかる。したがってこうした学習方法は、かなりの部分が AIで代替されることになるだろう。要は、AIを活用することで、効率的に概念を整理し、しかも短時間に自分の知識として定着させることが可能となっている。
そうなると、学習や仕事の進め方も変更を迫られることになるだろう。これまでの日本社会の風潮は、とにかく丁寧に神経を研ぎ澄まして検討を行い、細部まで怠りなく拾って整理して完成させる、というものであった。テストで言えば、95点から100点を目指すやり方である。一方、AIの現在の能力では、どう贔屓目に見ても70点か75点ぐらいしか取れないだろう。しかし、前者が例えば100時間を要するとすると、後者は10分程度で済む。この違いを、日本社会で充分に理解されていない「機会費用」の概念で考えれば、圧倒的に後者の方が最終的な付加価値、費用対効果が高いはずである。経済学で言えば、 95点から100点を目指すところで、限界費用が著しく高くなるのだ。一日が24時間で一年が365日である以上、そしてやるべき仕事が山のようにあるとすれば、たとえ70点か75点でも、10分で仕上げてしまい、そこで生み出された時間を他の作業、とりわけ人間でなければできない作業に取り組んだ方が相当に効率的である。
つまり、上司も同僚もこうした変化を踏まえて、指示の仕方を変更しなければならなくなるはずである。完璧を求めるあまり、過剰な心理的・物理的負担を強制し、職員も上司も疲弊するようなスタイルには、変革が求められるに違いない。
本稿を読むまでご存じなかった方、躊躇していた方には、今からでも取り組んで取り入れて欲しいものである。おそらく勉強や学習ということに対する見方は激変するだろう。
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佐藤敏信(久留米大学教授・医学博士)
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