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ペルセウスの妻が川を渡る方法を考えて

細谷辰之 [福岡県メディカルセンター医療福祉研究機構主席研究員・日本危機管理医学会専務理事]

流石に星の数ほどはない。星がいくつあるかは知らない。また星の定義もよく理解しているわけでもない。が、それでもこれはわかる。星の数よりはだいぶ少ない。「学会」の数の話である。実際には星の数には遠く及ばないにせよ、数多くの「学会」が存在し、その数は増え続けている。我々の人口増加のピークは2080〜2100年くらいと言われているが、学会の数の増加のピークは、ほとんどの人口統計学者も知らないのではなかろうか?また、「学会作りたい症候群」の存在も確認されている。誰かがこれに罹患したことで設立された学会も、銀河の数ほどでないにせよ、10や20ではなかろう。そんな中、また新たに学会が2024年5月産声を上げた。一般社団法人日本危機管理医学会(横倉義武代表理事)である。

現状で、知床の川を遡上する鮭の数ほど学会がある中、さらに学会を設立する意味があるのかという疑問には回答を要すると思っている。

一般社団法人日本危機管理医学会は、危機管理医学の定義を「医学・生理学を根拠とし、個であれ、集団であれ、種としてであれ、人類が直面するであろう危機に対して、除去、軽減する方法を探求する学問分野」とした。

人類の生存と安寧のためには、科学の成果は最大限社会実相に反映されることが望ましい。しかし実態としては、現状の維持が優先され科学的成果が示す道の選択が後回しにされ、あるいは黙殺されることが少なくない。2019年年末に端を発するCOVID-19のパンデミックは700万人以上に命を奪い7億人を超える感染者を出した。歴史に残る大惨事であったが、同時に我々人類に多くの警告と学ぶべき課題を与えてくれた。しかし、その警告と課題に人類が答え、進化の機会としたかには疑問が残る。

人類が直面する危機は、感染症に留まらない。年々極端になる気候変動、社会の複雑化、情報の氾濫、貧困者の増加、生存環境の悪化、自然災害、戦争、紛争、社会の分断など、枚挙にいとまはない。
また一方、科学の進歩は、危機回避に多くの手段を与えてくれるが、人類の社会には、その成果の社会実相に多くの困難を抱えている。

ホモ・サピエンスと自称する我々人類には、危機を回避軽減させる方法を見出し、種を存続させ、個々の人が、科学の成果をその生活の安寧の確保のために応用できる社会環境を作り続けることが求められているはずである。
COVID-19によるパンデミックがすでに過去のことになりつつある現在、まだ記憶が完全に消え去る前に、「科学・生理学を根拠に人類が直面するであろう危機の軽減、除去の方法論を探る学問分野」から社会に対して課題を提示、または問題を発掘する意義はあると考えたということで、「この後の及んでまだ学会を設立しようとすること」を是とする判断の根拠が半分成立した。

来年2025年2月、学会設立後初めての学術集会(※注1)が開かれる。メインテーマは「我々は、サピエンスたりうるのか?」と設定した。サピエンスを自称する我々「ヒト」は本当にサピエンスであるのか?何かの知識とか技術とかを手にするくらいには小知恵は利くが、その知識と技術を理性的にコントロールし、個人と社会の利益のために活用できているのか?自ら生み出したものに振り回されていないか?その辺を問い直したくてこのテーマを設定した。さらに、この学術集会の意図することを明確にするため「なぜ、我々は、科学の成果を社会実相できないのか?」というサブテーマを掲げた。医学にとどまらず、科学は多くの知見を生み出し、行動選択の基準となりうる根拠も明示している。しかしその成果は、人間関係の澱みや、過去から引きずってきた思い込みや、単に新しいことはしたくないという人類共通の性癖などに邪魔をされ、なかなか社会に実相できていない。そこを掘削していきたくこのサブテーマを掲げた。

個々のセッションで、今回取り上げたテーマは、パンデミックの振り返り、救急医療の社会的課題、AIの予想される医療への恩恵と課題、セルフケアという切り口、ワンヘルスという考え方、医療危機管理・患者安全・危機管理と臨床教育、災害医療、在宅・救急・地域医療である。これらシンポジウム形式のセッションのほかに、「災害時母子救護研修の避難所運営ゲーム」を行う。演者など舞台に立つ人の陣容については、プログラムの概要を貼り付けるので参考にされたい。

人類が直面する危機は、時が軽減をもたらしてくれるものも、人類の努力と知恵で解決できるものだけではない。極端な気候変動や、小惑星の地球への衝突のような危機がやってくれば今の所打つ手はない。黙示録の世界に突入してしまう。そんなことが起こらないとは誰も保証できないのである。

だからこそ、モテる力を動員し、科学の成果を合理的に社会実相する性癖をホモ・サピエンスという種として会得しなければならないと思う。そして、この人類の進化に1ミリでも貢献できる学会に成長していかれれば、「この後の及んでまだ学会を設立しようとすること」を是とする判断の残りの半分が完成する。

理学部で地球物理学を生業としている知り合いから聞いたことがある。我々の天の川銀河は近いうちにアンドロメダ銀河とすれ違う。すれ違うと言ってもお互いを吸収し、合体、そして巨大楕円銀河になるらしい。その時、個体の星同士はほぼぶつからないというが、ガス同士がぶつかったり、重力引き合ったり、どんなことが起こるか想像もつかない。そこで身を守ろうとしても、現在のホモ・サピエンスの持つ力ではバンザイするしかない。だから、医学を根拠に案とかできる危機には対処しておいた方がいいのである。

天の川銀河とアンドロメダ銀河が合体後の巨大楕円銀河のことをミルコメダというらしい。巨大なシロノワールが食べられるということにはならない。

[※注1]
第1回 日本危機管理医学会学術総会が2025年2月15日(土)・16日(日)に開催されます。
開催概要はこちらから。プログラム詳細はこちらを御覧ください。

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細谷辰之(福岡県メディカルセンター医療福祉研究機構主席研究員・日本危機管理医学会専務理事)

◇◇細谷辰之氏の掲載済コラム◇◇
「Nessun dorma!」【2024.8.27掲載】
「だとすれば」【2024.5.21掲載】
「パリサイ人」【2024.2.21掲載】

☞それ以前のコラムはこちらから

2024.12.10