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PFAS汚染――「今日から水道水を飲まないでください」と言われたら

清宮美稚子 (編集者・『世界』元編集長)

「今日から水道水を飲まないでください」と言われたらあなたはどうしますか。

これは、岡山県のある町で実際に起こったことだ。
岡山県のほぼ中央に位置する吉備中央町。ここでは、各世帯に取り付けられた町内放送用のスピーカーを使って、朝晩の決まった時刻や緊急時に町役場から通知が届くシステムがある。2023年10月16日夕方、スピーカーから流れてきたのがこの言葉だった。午後7時までに、給水所に水を取りに来るようにとも。

「水道水に変なものが入っていたから、今日から飲むなって」――。放送を聞いた夕食時の各家庭では、戸惑いが広がったことだろう。

その「変なもの」について、住民が町の水道課に電話で問い合わせると、耳慣れない言葉が返ってきた。「有機フッ素化合物」

PFASとは何か

有機フッ素化合物PFAS。
「PFAS(Per- and PolyFluoroAlkyl Substances ピーファス)」とは、炭素とフッ素が結びついた有機フッ素化合物のうち、ペルフルオロアルキル化合物とポリフルオロアルキル化合物を総称したもので、人工的につくることができ、1万種類以上の物質があるとされている。PFASの例としては、PFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸、ピーフォス)やPFOA(ペルフルオロオクタン酸、ピーフォア)などがある。

PFASは耐水性、耐油性、耐熱性に優れているため、生活用品(防水スプレー、レインコート、「焦げ付かないフライパン」など)や産業分野で幅広く使用されてきた。また、米軍基地などに配備された「泡消火剤」にも使われていた。自然界ではほとんど分解されず、人体や生物の体内に蓄積しやすい性質があり、そのため「フォーエバー・ケミカル(永遠の化学物質)」とも呼ばれる。

PFASは、ストックホルム条約という国際条約で廃絶や使用制限がされており、この条約を批准している日本でも、化学物質審査規制法(化審法)による規制の対象となっている。

PFASのうち、PFOSは2010年に第一種特定化学物質(特に有害性が高く、人の健康や環境に対するリスクが大きいと認められる化学物質)に指定され、2018年にはすべての用途で原則製造及び輸入等が禁止された。さらに2021年、PFOAも原則製造および輸入が禁止された。2024年2月にはPFHxS(ペルフルオロヘキサンスルホン酸)が第一種特定化学物質に指定されており、第一種特定化学物質に指定されるPFASは今後増えていく可能性があるということだ。

PFASの有害性については、発がん性、胎児の低体重などの健康影響が指摘されている。

有名なところでは、1990年代にアメリカの化学メーカー、デュポン社の工場周辺地域の住民7万人ほどのPFAS摂取量と健康影響に関する調査があり、がんや甲状腺疾患、潰瘍性大腸炎、妊娠高血圧症との間に関連性が高いという結論が発表された(デュポンの事例は、アメリカで2019年、『ダークウォーターズ――巨大企業が恐れた男』という映画になっている)。

有名企業の城下町で

日本で最大のPFAS汚染例として、大阪府摂津市がある。ダイキン工業(ルームエアコンのトップメーカーとして知られる、グローバルな総合空調専業企業)の「企業城下町」とでもいうべきこの地域で、河川や井戸水、住民の血液などから高濃度のPFOAが検出されたのだ。2020年に行われた環境省による調査では、住民の血液から、非汚染地域の70倍を超える濃度のPFOAが検出された。ダイキンの工場からのPFOAの排水としての大量たれ流しや気体としての放出が原因である。

しかし、摂津市も、大阪府も、国も、ダイキンに対策を求めることをしなかった。この問題を報じた大手メディアも、「ダイキン」という実名を出さず、企業責任を問う姿勢が見られなかった。

このダイキン工業によるPFOA汚染については、『終わらないPFOA汚染――公害温存システムのある国で』(旬報社、2024年10月刊)が詳しい。

著者は、独立系の調査報道機関「TANSA」に所属するジャーナリスト、中川七海。入手したダイキン社内の極秘文書を突破口に、市や環境省、厚労省の議事録なども丹念に読み解き、巨大企業、企業に寄り添う行政、さらには大手メディアの報道姿勢を問題にした迫真のルポだ。なんといっても、関係者への突撃取材で直に問い詰めていく姿勢が素晴らしい。実名を伏せた報道に終始した大手メディアとは大きな違いである。

「TANSA」では、ダイキンによるPFOA汚染の調査報道を引き続き進行中で、HPで逐次公開している。

その中で、中川はこう語っている。
「PFOA工場周辺の汚染の責任は、今後も追及していく。その一方で、私は次第にある疑問を抱くようになった。
『PFOAは、最終的にどこへ行くのか? 』(中略)
(PFOAを)完全に分解させるには1,100度以上の超高温で燃やさなければならない。だが、対応できる施設は国内で数えるほどしかない。分解処理をした上で廃棄していなければ、今でも多くのPFOAが国内のどこかに存在することになる」

中川の懸念が、冒頭の吉備中央町の事例につながっていくことになる。

放置されたPFOA汚染物質

PFOA製造工場が存在しない岡山県吉備中央町でPFOA汚染が起きた原因、それはこの町の企業が町外から持ち込んだPFOA含有廃棄物だった。

町内住民の一人がGoogleマップのストリートビュー機能で気づいたのだ。
「河平ダムの上流に、変なものがたくさん置かれている」

河平ダムは、吉備中央町の耕地などの水源として広く利用されている日山谷川に作られた治水・利水両用のダム。住民が現場に直行すると、巨大な黒い袋が幾つも積み上げられており、中に詰まっている黒い砂のようなものが、破れた袋から一面に散らばっているありさまだった。この黒い物質の正体は、のちに岡山県の調査で「活性炭」と判明する。活性炭は化学物質や臭気物質などの有害物質を吸着・除去することができ、水中でPFOAを吸収するため、浄水場やPFOAを扱う企業などで重宝されている。

中川の調査は、活性炭を放置した町内企業に向かう。

その企業の名は、「満栄工業株式会社」だった。
満栄工業は、化学物質を含んだ活性炭を引き取って除去し、再び化学物質を吸着できる状態にした活性炭を業者に引き渡す事業をしている。だが放置されていたのは、PFOAが除去されていない活性炭だった。満栄工業は15年間にわたってこの活性炭を放置していたことになるという。そこに含まれるPFOAが土壌と川を伝い、取水源である河平ダムに流れ込んだのだ。ダムは、問題発覚後、使えなくなっている。

だが、この吉備中央町の水道水汚染の責任はすべて満栄工業にあるのだろうか。

満栄工業にPFOAを含んだ活性炭を渡した企業はどこなのか、その企業はPFOAの危険性について伝えたのだろうか。今回の汚染に関し、経緯を説明する必要があるのではないか――。
中川の取材はさらに続く。

広がる水道水汚染

岡山県吉備中央町だけでなく、全国の河川や地下水などからPFASが相次いで検出される中、環境省はPFASに特化した水道水の汚染状況調査を実施した。調査といっても、自治体や水道事業者に対し、2024年度までの5年間のPFASの水質検査の実施の有無や、検出された場合の最大値などについて報告を求めるというのがその内容。集計が初めて公表されたのは2024年11月のことだった。それによると、「昨年度までの4年間に14か所で国の暫定的な目標値を超える濃度が検出された一方、今年度はすべてで目標値を下回ったことがわかりました。ただ、検査を行っていなかったり回答がなかったりしたところが全体の4割に上っていて、検査の徹底が課題となっています」(11月29日、NHK報道)

なお、この調査では、岡山県吉備中央町で2022年度に暫定目標値の28倍にあたる1リットルあたり1400ナノグラムが検出されたことになっている。

NHK報道によると、「一部の自治体や専門家から求められていた排出源の特定のための調査」について環境省は「各地で調査はしているものの排出源を特定できた事例は少ない。今後、自治体の取り組み事例を情報収集しながら継続的な課題として(対応を定めた自治体向け)手引きの充実に努めたい」とコメントしており、他人任せの国の姿勢が窺える。

公害温存システムのある国で

PFAS問題に精力的に取り組んできたのは、「TANSA」をはじめ、「スローニュース」などの独立系メディアや独立ジャーナリストだが、国の水道水調査を受けて、ようやく大手メディアの報道も増えてきた感がある。NHKは、NHKスペシャル枠で「あなたの家の水道水も…!? “PFAS汚染”最新報告」を2024年12月1日に放映した。大手メディアには関係者の実名を含む積極的な報道を望みたい。

そして、周辺住民の不安に対して、対応する行政から必ずのように出る言葉、
「すぐに何か(健康影響)が出るわけではありません」
には既視(聴)感がある。原発事故による放射能汚染でもそう、以前ご紹介した農薬ネオニコチノイド汚染でもそうだ。

企業・行政・大手メディアによる「公害温存システム」を断ち切るためにも、私たちもこの問題を注視し続け、市民として何ができるかを考えたい。

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清宮美稚子(編集者・「世界」元編集長)

◇◇清宮美稚子氏の掲載済コラム◇◇
「人口減少という『静かなる有事』」【2024.9.24掲載】
「能登半島地震と東日本大震災 ―「人口減少時代の復興」という重い課題―」【2024.6.4掲載】
「20世紀後半を代表する世界的指揮者――小澤征爾追悼」【2024.2.27掲載】

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2025.01.21