ICT教育の振り子
片桐由喜 (小樽商科大学商学部 教授)
はじめに
年末に昨年、話題になったテレビドラマ「不適切にもほどがある」(TBS)を一気見した。その主人公が令和の小学校の教室へ行き、生徒たちがタブレットを人差し指でページをめくったり、zoomで授業に出席したりしているのを見たら、「こんなの授業じゃね~」というにちがいない。そして、「教科書ってのは紙でできてるもんで、授業ってのは教師と生徒が真正面から向きあうのが筋だろうよ」と言うだろう。
ICT教育とGIGAスクール構想
ICT教育とはデジタル技術を活用した教育のことで、具体的にはパソコンやタブレットなどのデジタル器機の導入、インターネットを介して授業を展開することなどである。日本はICT教育が遅れているとの認識に基づき、文部科学省は2019年、ギガスクール構想なるものを提唱し、全国の小・中学校、高等学校などに通信ネットワーク環境を整備、児童生徒1人に対して1台のコンピュータまたはタブレット端末を配布することとした。
この構想は非対面型授業が求められたコロナ禍を契機に一気に進み、上記1人1台目標は達成されている(2021年度末現在)。
ところで、Chat GPTが出てきた頃、これを使って書いたレポートを学生が提出してきたらどうしよう、見破ることは難しい、云々と議論された。この時、ある教員が「Chat GPTを使って書くことを禁止することも、見抜くことも困難。受け入れて、その対応を考えるしかない」と言った。そう、文明の進化に抗うことは不可能である。しかし、欧米では今、抗う姿勢を見せ始めている。
アナログ回帰か
日本に先んじてICT教育を進め、2006年にタブレット1人1台を始めたスウェーデンでは2022年10月に誕生した現政権が教育現場のデジタル化戦略を凍結した(読売新聞2024年10月22日)。そのきっかけは国際学習到達度調査で前回調査から順位を下げたからという。そして、順位低下はデジタル教育・教材が招いた集中力の低下、長文の読み書きができないことなどに起因するとしてアナログ教育・教材への回帰を決めたということらしい。
漢字や英単語は画面をめくっていては決して覚えない。クリック一つでほかの画面、サイトへ移動できるタブレットで1つの問題を雑念なく集中して考えるのは大人でも難しい。それゆえ、アナログ回帰は大いに理解できる。
とはいえ、上述のとおり文明は不可逆であり、今ある便利で有用なツールをすべて排することは不可能である。デジタル、ICTを新しい時代に向けた教育ツールであるとして礼賛側に大きく振れた振り子が、今度はデジタル一辺倒はむしろ弊害が大きいとアナログ側に振り子が戻ろうとしている。制度を支える理念の振り子は左右に揺れながら、最終的には全員の賛同は得られないにせよ、おおかたが許容できるところに落ち着く。そうして制度が成熟、定着する。振り子の止まる位置に教育現場にいる者として、目が離せない。
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片桐由喜(小樽商科大学商学部 教授)
◇◇片桐氏の掲載済コラム◇◇
◆「分かつ死は誰の手で」【2024.10.8掲載】
◆「先見の明がないにもほどがある⁈」【2024.7.16】
◆「高齢者のためのセカンドプレイス」【2024.4.16掲載】
◆「医療ドラマと現実 -絵になる救急医療-」【2024.1.9掲載】
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