「2025年問題」の最大課題は介護離職だ
河合雅司 (ジャーナリスト、人口減少対策総合研究所 理事長)
団塊世代が 75歳以上となり、社会保障制度への影響が懸念されている。いわゆる「2025年問題」だ。
だが、事実誤認の報道が散見される。たとえば、「2025年に75歳以上になる」という勘違いだ。団塊世代の最後である1949年生まれの人々が75歳となったのは2024年である。
団塊世代が75歳以上になったことで急に世の中が変わるような取り上げ方も少なくないが、これも大きな誤りだ。
75歳以上の人口は、団塊世代がこの年齢に達する前から激増してきた。2000年と2020年を比べると、901万人から1860万人へと2倍になっていたのである。しかも、団塊世代が75歳以上になったことで、この年齢の人口がピークを迎えたわけではない。国立社会保障・人口問題研究所の推計では今後も増え続け、2055年には2479万人になる。
75歳に達したらすべての人がただちに重い病気となるわけでもない。健康は個人差が大きく、「高齢者の高齢化」に伴う影響は今後年を追うごとに大きくなる問題ということだ。
こうした点を踏まえると、そもそも団塊世代が75歳以上になることは〝通過点〟に過ぎず、わざわざ「2025年問題」と呼ぶ必要があるのか疑問だ。拙著『未来の年表』(講談社現代新書)が出版された頃から、各メディアともやたら『〇〇〇〇年問題』と名付けたがるようになった印象がある。
むろん、70代半ば以上の年齢になると思い病気を患ったり要介護になったりする人が増える傾向にある。団塊世代は人数が多いので社会保障費の増加が急加速することへの懸念を否定するつもりはない。
社会保障給付費で見ると22年度には137兆8000億円だったが、政府は40年度に最大190兆3000億円に膨らむとしている。75歳以上の中でも85歳以上の人口が増え続けるためで2065年には1179万人となり、2020年と比べて倍増する見通しとなっている。厚生労働省によれば、要介護認定率は75歳以上では31.5%だが、85歳以上は57.8%と跳ね上がる。
これは歳出の膨張にもつながる。社会保障制度には公費が投入されているためだ。財務省によれば、1990年度に社会保障に投じられた公費は16兆2000億円だったが、22年度は約4倍の64兆2000億円に膨らんだ。今後はさらに伸びそうである。何ごとも備えというのは早いに越したことはない。
こうした状況に対して政府は歳出を抑制すべく、年齢にかかわらず個々の負担能力に応じて支え合う「全世代型社会保障制度」への切り替えを急いでいる。方向性としては間違ってはいないのだが、その効果は限定的となりそうである。これから高齢者になる世代は賃金が抑制され、非正規雇用が拡大した時期を現役世代として働いてきたためだ。老後資金を十分蓄え切れていない人が少なくないのである。高齢者の負担を増やしたとしても生み出せる財源には限度があり、若い世代の負担が劇的に減るまでには至らないだろう。
問題はそれだけではない。この世代はこれまで賃金が抑え込まれてきたことに加えて、高齢期になったら負担増になるというダブルパンチとなる。高齢者はどんどんと入れ替わっていくのである。「現在の高齢者」の懐具合を前提とした制度改革はうまくいかない。
他方、これまで75歳以上人口が激増してきた時代とこれからさらに増えていく時代の背景を考えてみると、大きな違いもある。少子化によって社会の支え手が減って行く点だ。すなわち、仕事をしながら家族などの介護に従事するビジネスケアラーの増加のほうが社会保障費の伸び以上に深刻な問題になりかねないということである。
総務省の就業構造基本調査によれば22年の介護離職者は10万人を超えている。経済産業省は2030年には家族介護者の4割にあたる318万人がビジネスケアラーとなると試算している。経産省は、介護しながら働くと労働損失や労働生産性の低下につながるため2030年の経済損失は9兆1792億円に及ぶとも計算している。
政府は育児・介護休業法を改正し、4月から介護離職防止措置として企業に介護当事者への制度の周知や利用意向確認を義務付けるが、肝心の介護スタッフは不足している。
厚生労働省によれば、2022年度の介護職員数は215万人だが、需要の伸びで26年度には240万人必要となる。必要数は拡大を続け40年度は272万人にまで膨らむ。2022年より57万人増やさなければならない。
ただでさえ少子化で勤労世代は減少し続けていくというのに、介護を理由とする離職や生産性の低下が進んだならば人手不足は一層深刻化する。各企業の経営に影響するだけにとどまらず、日本社会全体が機能不全に陥りかねない。
こうした事態を避けるには、ビジネスケアラーのサポート体制の強化が急がれる。そのためには外国人介護人材の拡大や介護ロボットの開発・普及はもとより、少ない人数で介護サービスを効率的に提供する仕組みづくりが不可欠だ。介護を受ける側が集まり住んだり、高齢者同士で助け合う仕組みをつくったりすることも求められよう。勤労世代が激減していく人口減少社会においては、少ない担い手で効率的に社会を回していかざるを得ないのである。
ビジネスケアラーの負担軽減を放置し日本経済の成長の足かせになったならば税収も社会保険料収入も減り社会保障どころか、すべての政策で財源が十分に確保できなくなる。
全世代型社会保障改革もよいが、人口減少社会において最優先すべきは経済成長の実現だ。社会保障制度を持続可能なものとするためにも、政府は勤労世代が仕事に全力で打ち込める環境の整備を同時に進行する必要がある。
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◇◇河合雅司氏の掲載済コラム◇◇
◆「高齢者就業を推進する政府の狙い」【2024.11.12掲載】
◆「100年後の日本人1500万人」という衝撃【2024.8.20掲載】
◆「高齢者が減っても医療・介護費は伸び続ける」【2024.5.14掲載】
◆「人口減少を見込んだ医療機関経営を」【2024.2.6掲載】
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