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先見創意の会

医療・ヘルスケアのデジタル化 2025年中国の展望

岡野寿彦 (NTTデータ経営研究所 シニアスペシャリスト)

アクセスの容易性、個別化、効率性(プロセスの合理化とコスト削減)。2025年の医療・ヘルスケアのデジタル化(注目点)について中国のIT企業人にヒアリングしたところ、この3のキーワードが挙げられた。デジタル化を進めるうえでの課題を克服しながら、加速する技術進化を活かして医療・ヘルスケアの改善・レベルアップを進めようとするエネルギーを感じた。本稿でヒアリング結果(ポイント)をレポートしたい。IT企業人の認識・意見のため、“技術ドリブンのWill”の性格が強いが、ご参考になれば幸いです。

1.デジタル変革の課題を克服する
医療・ヘルスケアのデジタル化を進めるうえで、データのプライバシーに関する懸念、医療従事者の変化に対する抵抗、従来のシステムと新たなテクノロジーの相互運用性など、課題も根強く残っている。特に、プライバシーなどセキュリティの強化に向けて、医療関係者を啓蒙しながら運用改善と暗号化、ブロックチェーン技術によりデータを保護する取り組みが、引き続き重要である。

2.遠隔医療の拡充
オンラインでの相談に加えて、遠隔モニタリング、AIによる診断などに活用が拡充している。医療サービスが行き届いていない地方都市や農村地域では、遠隔医療による専門医へのアクセスビリティが特に重要

3.IoMT(医療分野のモノのインターネット)による健康モニタリング
ウェアラブル・デバイスによるリアルタイムの健康モニタリングを推進。心拍数を測定するスマートウォッチ、血糖値モニターなどデバイスと医療システムとを統合することで、個人に合わせた治療計画や健康状態の早期診断に役立つデータを提供する。IoMTによる「接続性」を活かした予防ケアの提供は、2025年のデジタル化の目玉の一つ。

4.AIを精密医療に活用
AI の活用は業務の効率化や診断で進んできたが、精密医療における応用が次の重点となる。遺伝子、生活や仕事の環境、ライフスタイルなどのデータを分析することで、個々の患者に合わせた治療を推奨し、副作用のリスク軽減も図る。
中国におけるAIの医療・ヘルスケアへの実用状況について、先見創意のコラム『生成AIの医療・健康への実用:アリペイ(中国)「AI健康管家」』(2024.11.26)ご参照。

5.ブロックチェーンによるデータセキュリティ
データのプライバシーは医療・ヘルスケアにおいて引き続き重要な課題。ブロックチェーンにより、電子医療記録など機密性の高い医療データを、分散型かつ改ざん防止で保存し共有するソリューションの開発実用を進める。
国家としては、欧州GDPR や 米国HIPAA (Health Insurance Portability and Accountability Act)(※注) など、データ保護に関する世界の基準をクリアできることを目指していくだろう。

6.医療における仮想現実(VR)と拡張現実(AR)の活用
VR と AR のテクノロジーの医療トレーニング、診断、患者ケアへの活用も実用化の重点ターゲット。これらのテクノロジーにより没入型シミュレーションが作成され、医療専門家は複雑な手術を練習しスキルを向上させることができる。 また、痛みの管理、リハビリ、メンタルヘルスの治療へのAR、VRの活用も試行されている。

7.デジタルセラピューティクス(DTx)の試行
スマートフォンを中心としたデジタルデバイスを活用し、エビデンスに基づいた疾患の予防や治療、予後の管理などをすることを目的とするDTx(Digital Therapeutics)への関心が高まっている。糖尿病、高血圧、精神疾患など慢性疾患の予防、管理、治療を目的とするソリューションを備えたデジタル治療の普及が見込まれている。臨床的証拠に裏付けられたデジタル治療法は、特に医療インフラが限られている地域において、費用対効果の高い医療を提供し得る。

8.予防的ケアのための予測分析
予測分析により患者のニーズを予測し、問題が深刻化する前に対処することを目指す。履歴データとリアルタイムデータを分析することで傾向を分析し、リソースの割り当てを最適化する。たとえば、病院がインフルエンザの季節にベッドの数量をコントロールする、早期介入が必要なリスクのある患者を特定することで、医療システム全体の負担の軽減を図る。

中国における医療・ヘルスケアのデジタル化の特徴として、アリババ、テンセントなど市民が日常的にアクセス・利用するプラットフォームと、本稿で紹介した技術ドリブンの取り組みとを「つなげる」ことで、冒頭に挙げた「アクセスの容易性、個別化、効率性」を実現する志向が強い。先見創意の会のコラムの場をお借りして、「オンライン医療」「インシュアテック(デジタル技術による保険の変革)」「データの医療・健康への活用」 「AIの実用」について、知見として体系化しながら、引き続き定点観察をしていきたい。

(※注)HIPAA法は、米国において保護された健康情報の合法的な使用と開示の概要を示す一連の連邦規制基準。HIPAAの遵守は、米国保健福祉省(HHS)によって規制され、公民権局(OCR)によって施行されている。HIPAA コンプライアンスは、医療機関が、保護された健康情報のプライバシー、セキュリティ、および完全性を保護するために、その業務の中で実施しなければならない現代の行動規範。

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岡野寿彦(NTTデータ経営研究所 シニアスペシャリスト)

◇◇岡野寿彦氏の掲載済コラム◇◇
「生成AIの医療・健康への実用:アリペイ(中国)『AI健康管家』」【2024.11.26掲載】
「医療・健康におけるデータの活用:中国の『データ価値化・活用事例創出』2024年動向」【2024.8.6掲載】
「医療・健康データのセキュリティ:デジタル主権をめぐる米中の攻防」【2024.5.7掲載】
「テクノロジーによる保険事業の変革:衆安保険(中国ネット保険のパイオニア)のヘルスケア・エコシステム」【2024.1.23掲載】

☞それ以前のコラムはこちらからご覧下さい。

2025.02.25