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先見創意の会

生理の貧困

清宮美稚子 (編集者・『世界』元編集長)

スコットランド議会は2020年11月24日、「生理用品の無料提供に関する法案」を全会一致で可決した。この法律により、ナプキンやタンポンなどの生理用品を必要とするすべての人が無料で入手できるようにする法的義務が地方自治体に発生するという。

この法案は、「生理の貧困」をなくそうと活動を続けてきた最大野党・労働党のモニカ・レノン議員が提出したもの。中学生以上の学生や就学・就労していない女性の4人に1人は生理用品が入手困難な経済状態にある(市民団体「Young Scot」の調査による)スコットランドでは、すでに教育機関での生理用品の無料提供が行なわれてきたが、全面無料提供は世界初となる。ニコラ・スタージョン首相はさっそく「女性や少女たちにとって非常に重要な政策だ」と喜びをツイートした。

「生理の貧困」という言葉を聞いたことがあるだろうか。私自身、英エセックス大学人権フェローの藤田早苗氏からこの話をうかがったのは1年ほど前だろうか。“Period Poverty(生理の貧困)”とは、生理用品を買うお金がない、または利用できない環境にあることを表す言葉だ。

BBCで“Girls ‘too poor’ to buy sanitary protection missing school”という報道があったのは2017年3月のことだった。貧困のために生理用品が買えず、学校を休んで教育が受けられない生徒がイギリスでは10人に1人に上る――。この報道に衝撃を受けたのが、ロンドンに住む17歳の女子生徒、アミカ・ジョージさんだった。彼女は翌4月には#FreePeriodsというキャンペーンを立ち上げ、イギリスの「生理の貧困」を終わらせるための政府への請願を始めた。彼女の呼びかけに多くの人が賛同し立ち上がった結果、翌2018年3月には「生理の貧困」対策として150万ポンド(約2億円)が拠出されることになった。

スウェーデンのグレタ・トゥンベリさんもそうだが、若い世代の発信力と行動力、そしてその根底にあるしっかりした考え方には感服する。アミカさんは「学校で(貧困のため)無料で給食を食べる子には生理用品も無料で配布されるべきだ」と言う。インタビューでは「これは教育を受ける権利の問題だ」と人権の視点を明らかにし、また「世界の半分の人が経験していることなのに、話せないとか、汚いことだとか、とタブー視するのは理にあわない」とも問題提起している(藤田氏のご教示による)。

BBCの報道と軌を一にして、赤い箱を設置して一般から生理用品の寄付を募り、学校に送り届ける「レッドボックス・プロジェクト」も始まり、イギリス各地に広がっている。そして2020年1月からはイングランドの学校で生理用品を無料で配布する取り組みが始まった。もともと生理用品は付加価値税VAT(日本の消費税にあたる。標準税率は20%)の軽減税率対象でEUの法律のしばりにより5%に決められていたが、これもEU離脱とともに2021年1月に廃止された。

「生理の貧困」解消への政府や民間の取り組みは、イギリスだけでなく他の国でも広がっている。フランスで最初に「生理の貧困」に取り組んだ「Règles élémentaires」 という団体の設立者はイギリス留学中にこの問題を知ったとのことだ。フランス政府はフェミニスト団体の働きかけにより、生理用品の消費税を20%から5.5%に引き下げた。生理用品への税率引き下げあるいは廃止の政策はカナダ、オーストラリア、ドイツなど各国で広がっている。

韓国では、2019年11月、ソウル市議会の行政自治委員会が、同市に住む10代のすべての女性に生理用ナプキンを無償で支給する条例を可決した。韓国最大の自治体である京畿道は2021年から、満11~18歳の全女性に対し、生理用品の購入費用を支援する政策を取り入れると発表した。
中国でもStand by Herという、学校で生理用品を無料で配布するムーブメントが起こっているという。

2020年6月、ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相は学校の生理用品の費用を政府が負担すると発表した。ニュージーランドでも、生理用品を買えず学校を休む生徒が9万5000人に上るのを受けてのことだ。アーダーン首相は「生理用品は贅沢品ではなく必需品」と明言した。そして、冒頭に紹介したスコットランドの快挙へと続く。

さかのぼると、2015年にWHOとユニセフが、世界で少なくとも5億人の女性が「生理の貧困」状態にあると発表していた。アメリカでは、2019年、ミズーリ州セント・ルイスに住む約200人の貧困層の女性を対象とした調査で、21%は生理用品を毎月買えず、食品と生理用品のどちらを買うべきか悩むことがあるという回答が約半数に上ったという。「生理の貧困」は途上国だけでなく先進国と言われる国々でも深刻化しており、とりわけ2020年の新型コロナウイルスによるロックダウンなどで経済が落ちこむ中ますます悪化した。これが2020年の世界的な「生理の貧困」キャンペーンの加速の背景にあるという指摘もされている。今や世界中で解決に向けて取り組まなければならない課題なのだ。

では、日本の情況はどうだろうか。

日本では2019年10月、消費税が8%から10%に引き上げられたことは記憶に新しい。ただ、その前の段階で、軽減税率の対象に生理用品を加えるかどうかという議論はほとんどなかったのではないか。税率引き下げ、あるいは無償化という世界の流れは日本までは到達していないようだ。

報道によると、スコットランドの全面無料提供の費用として、2022年までに年間約870万ポンド(約12億円)を見込んでいるという(人口規模が違うので単純な比較はもちろんできないが、私などはどうしてもアベノマスクにかかった費用260億円とか、防潮堤の総事業費1.4兆円などを思い起こしてしまう)。

ニュージーランドのアーダーン首相が言うように「生理用品は贅沢品ではなく必需品」なのだから、せめて軽減税率を適用することはできないか。それとも、「女性だけが得する政策には反対」などという人がまだいるだろうか?

生理用品だけではない。生理痛に苦しむ人は痛み止めとか、場合によっては低用量ピルの服用などで毎月かなりの出費にもなる。必要十分な生理用品を購入できないことが生理期間中の衛生状態に悪い影響を与え、感染症などの恐れも高まれば医療にも大きく関係してくる問題だ。

日本でも2019年12月、「レッドボックスジャパン」が設立され、日本国内での活動を開始した。「日本の学校にもレッドボックスを設置することで学生たちの生理に関する不安を取り除き、安心して学生生活を送ることができるように」との思いからだという。

また、同じく2019年12月、生理用品に軽減税率を適用することを求めてインターネット署名サイトChange.orgで署名活動を始め、支持を集めているのが東京の大学生、谷口歩実さんだ。世界の動向に敏感に、日本でも活動していこうという若い人たちの問題意識と行動力には目を見張るものがある。

2021年は、日本で政策的に立ち遅れているこの問題が、タブー視されることなく、広く議論される年であってほしいと思う。

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清宮美稚子(編集者・『世界』前編集長)

◇◇清宮美稚子氏の掲載済コラム◇◇
◆「日本における冤罪の構造」【2020.10.1掲載】
◆「Withコロナ時代に響くオーケストラの音色」【2020.9.15掲載】

☞それ以前のコラムはこちらから

2021.01.05