ポストコロナの労働問題
髙山 烈 (弁護士)
1.はじめに
新型コロナウイルス感染症対策のための医療提供体制整備が進められる一方で、外来受診の減少等に伴う病院経営の圧迫がみられるなど、医療業界はコロナ禍による影響が特に大きい業種の1つである。ワクチン接種によるコロナ禍収束の期待が高まるものの、いまだ明確な見通しが立たない状況が継続している。そのような中にあって、コロナ禍以前から続く労働関係法令の改正への対応については、医療業界も避けて通れない重要なトピックである。本稿では、コロナ収束後を見据え、一連の労働関係法令改正のうち、次の3つを取りあげ、俯瞰したい。
① 医師の働き方改革
② 改正高年齢者雇用安定法
③ 改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)
2.医師の働き方改革
2019年(中小企業2020年)4月1日から順次施行された「働き方改革関連法」では、時間外労働上限規制や、年5日の有給休暇義務化などが導入された。このうち、時間外労働上限規制は、その上限について、月45時間、年360時間を原則とし、臨時的な特別な事情がある場合でも年720時間、単月100時間未満(休日労働含む)、複数月平均80時間(休日労働含む)とし、規制違反については刑事罰の対象とされた。
しかし医師については、年5日の有給休暇義務化は除外なく適用される一方で、時間外労働上限規制の適用が猶予されており、2024年4月から概ね次の内容にて適用される予定である。(※注1)
ア 医療機関で診療に従事する勤務医の時間外労働の上限水準(A水準)
→ 時間外・休日労働の上限が年960時間・月100時間未満(例外あり)
イ 地域医療確保暫定特例水準(B水準・連携B水準)
→ 時間外・休日労働の上限が年1,860時間・月100時間未満(例外あり)
ウ 集中的技能向上水準(C水準)
→ 時間外・休日労働の上限が年1,860時間・月100時間未満(例外あり)
このうちイの地域医療確保暫定特例水準については2035年度末を目標に解消し、その上限を年960時間とすることを目指し、3年ごとに段階的な目標値を設定するとされている。
B水準(連携B水準)、C水準における上限が年1,860時間とされたのは、時間外・休日労働の上位1割に該当する医師は年1,904時間以上であったことを踏まえ、まずは上位1割に該当する医師の労働時間を確実に短縮するという考え方に基づく。(※注2)
また、時間外労働について一般労働者とは異なる上限規制がされる一方で、連続勤務時間制限、勤務間インターバル、代償休息、面接指導その他の追加的健康確保措置を実施することとされている。
なお、上記の上限規制について、コロナ禍等の影響により2024年度からの制度開始を懸念する意見もあるものの、現時点での先延ばしについては慎重な議論が重要であるとされている 。(※注3)
3.改正高年齢者雇用安定法
高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年齢者雇用安定法)では、2012年の改正(2013年施行)により65歳までの雇用確保措置が義務付けられた。さらに、2021年4月1日に施行された改正法では、70歳までの就業確保措置が事業主の努力義務とされた。その内容は次のとおりである。
ア 70歳までの定年引き上げ
イ 定年制の廃止
ウ 70歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入
エ 70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入
オ 70歳まで継続的に以下の事業に従事できる制度の導入
a.事業主が自ら実施する社会貢献事業
b.事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業
医療業界では、医師についてはエイジレスな働き方が普及する一方、看護師やコメディカルの分野における人材不足が懸念されており、より一層の高齢者雇用促進が望まれる状況にある。特に、看護職や看護補助職の人材不足への対応については、急性期・ケアミックス・慢性期といった医療施設の機能に対応しつつ、タスク・シフティングや、ロボット・ICTの補完的活用を図りつつ、高齢者雇用を実現することが求められる 。(※注4)
4.改正労働施策総合推進法
2020年6月1日、改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)が施行され(中小企業では2022年4月1日施行)、正規雇用労働者・非正規雇用労働者を問わず、職場におけるパワーハラスメントの防止対策が義務付けられた。
同法は、職場におけるパワーハラスメントについて、次の3要素を充たすものと定義している(同法30条の2第1項)。
ア 優越的な関係を背景とした言動であって
イ 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより
ウ 労働者の就業環境が害されるもの
また、同法30条の2第3項に基づき定められた指針(※注5) では、職場におけるパワーハラスメントに該当すると考えられる例、該当しないと考えられる例が類型ごとに列挙されており、かつ、事業主が講ずべき措置として次の事項が定められている。
ⅰ 事業主の方針の明確化及びその周知・啓発
ⅱ 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
ⅲ 職場におけるパワーハラスメントにかかる事後の迅速かつ適切な対応
ⅳ ⅰからⅲまでの措置と併せて講ずべき措置
パワハラに限らず、セクハラやマタハラなどのハラスメントが近年特にクローズアップされているのは、従来は被害者が我慢したり、職場を去ることなどにより見過ごされていた言動に対して声を上げやすい環境が整ってきたことや、ハラスメントに対する古い意識がアップデートされないままに管理者としての地位に就く者が少なくないことに起因すると考えられる。特に、医療機関は、ミスが許されず、多忙かつストレスフルな職場環境であることなどからパワハラが生じやすいとされている。上記の法改正を契機として、今一度、職場におけるハラスメント対策の徹底が望まれる。
【参考文献】
※注1.令和2年12月22日 医師の働き方改革の推進に関する検討会 中間とりまとめ
※注2.「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査」(平成28年度厚生労働科学特別研究「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査研究」研究班)。なお、その後の「令和元年 医師の勤務実態調査」では、上位1割に該当する医師は年1,824時間以上の時間外労働を行っているという結果であった。
※注3.2021年3月5日 日医ニュース 松本吉郎常任理事「医師の働き方改革の進捗状況を報告」
※注4.2021年1月『病院における高齢医療従事者の雇用・働き方ハンドブック』(公益社団法人全日本病院協会医療業高齢者雇用推進委員会)
※注5.「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年1月15日・厚生労働省告示第5号)
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髙山 烈(銀座中央総合法律事務所 弁護士)