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先見創意の会

マイナンバーカードと健康保険証の一体化

髙山 烈 (弁護士)

1.はじめに

河野太郎デジタル相は、2022年10月13日、マイナンバーカードと健康保険証の一体化に伴い紙やプラスチックカードの健康保険証を2024年秋に廃止する方針を発表した。事実上のマイナンバーカード義務化である。マイナンバー制度自体の有用性または危険性等については様々な意見のあるところであるが、本稿ではその点には深入りせず、河野大臣が示した方針の問題点について指摘しておきたい。

2.マイナンバーカードとは

マイナンバーカードは、「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」(通称「マイナンバー法」「番号法」)において「個人番号カード」として規定されている。同法は、行政機関がマイナンバー制度を活用することにより行政運営を効率化することを目的とする(法1条)。

同法17条1項は、「市町村長は〈中略〉申請により、その者に係る個人番号カード(マイナンバーカード)を交付するものとする。」と規定している。個人番号カードを取得するためには、厳格な本人確認のために市区町村の事務所に出頭することが不可欠と考えられ、個人番号カードの取得を強制することは、市区町村の事務所への出頭を強制することになり、個人番号カードの取得を希望しない者や必要としないものに出頭を強制してまで取得を義務付けることは適切でないと考えられたため、申請により取得することとしている(宇賀克也著『行政手続三法の解説〈第3次改訂版〉-行政手続法、デジタル手続法、マイナンバー法』学陽書房p.274)。

なお、マイナンバー法施行令13条5項は「住所地市町村長は、病気、身体の障害その他のやむを得ない理由により交付申請者の出頭が困難であると認められるときは、〈中略〉当該交付申請者の指定した者の出頭を求めて、その者に対し、個人番号カードを交付することができる。」と規定しており、申請者本人の出頭を必須としているわけではない。とはいえ、同法の建付けでは、マイナンバーカードはあくまで申請により交付するものとされており、取得を義務付けるものではない。

3.河野大臣が示した方針の問題点

さて、冒頭に記載した河野大臣の唐突な発表だが、これは2022年6月7日に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」(以下「本重点計画」)にこっそりと記載されていた内容を、さらに都合よく解釈して公表したもののように感じられる。

本重点計画の第6,1.(4),①に「マイナンバーカードの健康保険証としての利用の推進」という項目があり、ここには「令和6年度(2024 年度)中を目途に保険者による保険証発行の選択制の導入を目指し、さらにオンライン資格確認の導入状況等を踏まえ、保険証の原則廃止を目指す。」と記載されている。前半に記載されているとおり、本重点計画で2024年中を目途に目指すのは「保険者による保険証発行の選択制の導入」に過ぎない。「保険証の原則廃止」については、特に時期の目途の記載はなく、「オンライン資格確認の導入状況等を踏まえ」て目指すと記載されている。しかも「保険証の原則廃止」については本重点計画中に注記があり、そこには「加入者から申請があれば保険証は交付される。」と明記されている。

ここまで見てくると、今回の河野大臣発表には多くの問題があることが分かる。

第一に、前述のとおり、本重点計画においては2024年中の保険証廃止を明記しているものではないにもかかわらず、河野大臣は、あたかもその廃止が閣議決定されたかのような説明をしていることである。河野大臣の会見を確認すると、明確に虚偽といえるような発言はないものの、本重点計画に明記されていること以上の事実が閣議決定されていたような印象を受ける。閣議決定の御旗のもとに、決定された以上のことを強引に推し進めようとしているわけである。

第二に、より本質的には、そもそもマイナンバー法においてマイナンバーカードの取得が義務付けられていないにもかかわらず、閣議決定でそれを義務化するのであれば、法律によらずに法的義務と同等の効果を生じさせるものであり、法治主義を蔑ろにするものにほかならない。繰り返し指摘するとおり、本年6月に閣議決定された本重点計画には2024年中の保険証廃止とは明記されていないが、もとより閣議決定をもって法的義務を課すこと自体許されるものではなく、閣議決定に基づいて保険証廃止を推進するという趣旨である河野大臣の説明自体が不適切である。

4.性的マイノリティ(トランスジェンダー)の廃除

1点だけ、別の観点からマイナンバーカードの問題点を指摘しておきたい。

前提として、現行の保険証に性別記載があることの問題点について言及しておく。

性別違和を感じる性的マイノリティの当事者(トランスジェンダー)は、戸籍上の性別と外観とが一致しないことも多い。このような当事者にとって戸籍上の性別の開示を強制されることは、当事者の意に反してトランスジェンダーであることを伝えることになる。いわば、強制的なカミングアウトである。

保険証には性別欄があるため、戸籍上の性別と外見が合致しないトランスジェンダー当事者は、保険証の提示により医療関係者に対するカミングアウトを強いられることになる。そのため、当事者の中には、具合が悪くても受診を控えたり、わざわざ遠方の病院に行く者もいるようである。

保険証に性別を記載する必要性について、厚生労働省は、概要、①男女の性別欄については、性別に由来する特有の疾患や診療行為があることから、保険医療機関等にて行われる診療等に資するものであるとともに、当該診療等に係るレセプトの審査を円滑に行うために必要であるという観点から設けている、②国民健康保険において、住所、氏名、性別等の被保険者に係る情報は、住民の居住関係の公証である住民基本台帳を基礎としており、当該住民基本台帳における性別に関しては、戸籍の記載と一致させている、と説明している(「厚生労働省保険局国民健康保険課長通知「国民健康保険被保険者証の性別表記について(回答)」(平成24年9月21日保国発0921第1号)」。

しかし、①について「性別に由来する特有の疾患や診療行為」は限られるはずであり一律に性別を告知する必要性は乏しいし、性別を告げる必要があるとしても、医師等の関係者が診療時に必要な範囲で個別に確認すれば足りるはずである。また、②については保険証が住民基本台帳を基礎とするからというだけであり、性別を記載する必要性についての説明としては説得力に乏しい。

ただし、前述の通知は「被保険者証における性別の表記方法の見直しについて」として「被保険者から被保険者証の表面に戸籍上の性別を記載してほしくない旨の申し出があり、やむを得ない理由があると保険者が判断した場合は、裏面を含む被保険者証全体として、戸籍上の性別が保険医療機関等で容易に確認できるよう配慮すれば、保険者の判断によって、被保険者証における性別の表記方法を工夫しても差し支えありません。例えば、被保険者証の表面の性別欄は「裏面参照」と記載し、裏面の備考欄に「戸籍上の性別は男(又は女)」と記載すること等が考えられます。」としている。実際に、多くの自治体は保険証の表面に「裏面参照」と記載する運用によりトランスジェンダー当事者に対して一定の配慮をしている。もっとも、保険証表面に「裏面参照」とあること自体、特殊な表記であることからトランスジェンダー当事者であることを推認させるものである。根本的には保険証から性別記載自体を削除することが望ましいと思われる。

さて、件の「マイナンバーカードと健康保険証の一体化」についてだが、マイナンバーカードには性別欄の記載がある。そのため、トランスジェンダー当事者にとっては利用に抵抗のあるものである。総務省はマイナンバーカードの性別欄等を覆うことのできる「目隠しカード」を無料配布することで一定の配慮をしていた。しかし、もとより十分な配慮とは言えないうえに、2022年11月には政府が「目隠しケース」の廃止を検討していることが報道されている。付言するに、運転免許証には性別欄がないことからトランスジェンダー当事者が安心して身分証明書として使用できていたが、政府は運転免許証とマイナンバーカードの一体化も促進しており、トランスジェンダー当事者への配慮はまったくなされていない状況にある。

前述のとおり、マイナンバー法は行政運営を効率化することを目的としている。しかし、効率化追求のあまり、性的マイノリティ(トランスジェンダー)が廃除されていることが憂慮される。政府には、丁寧な説明と十分な配慮を求めたい。

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高山 烈(弁護士)

◇◇高山烈氏の掲載済コラム◇◇
「『医師の働き方改革』実施に向けて」【2022.7.7掲載】
「ポストコロナの労働問題」【2021.4.1掲載】

2022.12.02