ICと医療法
平沼直人 (弁護士・医学博士)
アンビバレントな“インフォームド・コンセント”
インフォームド・コンセント(informed consent=IC)は、紛れもなく実臨床に深く浸透しているにもかかわらず、その表記や日本語訳すら定まらず、SDM(shared decision making)といったより目新しい概念にその地位を脅かされたりして、不安定この上ない。
それでも、一応、カタカナ英語で、インフォームドコンセントではなく、インフォームド・コンセントと中丸(・)を入れて表記するのが一般的であろうし(ただし、日本看護協会は前者の表記を採用するようである)、日本医師会に従って、“説明と同意”という訳語を当てることが定着しつつあろう。また、ICとSDMは決して矛盾・衝突する概念などではない。
ICに法律上の規定はある?
医療法第1条の4第2項は、「医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手は、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならない。」と定める。
1997年のいわゆる第三次医療法改正によって挿入された条文である。
一見するとICの規定であり、一般にそう解されることも少なくないが、よく読むと、「説明と理解」の規定であって、「説明と同意」の規定ではない。厚生省(当時)も、「医療提供に当たっての患者への説明と理解」の規定であって、「努力義務」にとどまることを解説している。
ICであれば、説明同意義務違反は損害賠償請求の対象となり、同意なき医療は専断的治療行為として傷害罪に問われるなどの実定法上の効果を伴うことになる。
医療法は、多様な罰則規定を持つが、本条項は、努力規定であるから当然といえば当然であるが、その違反に対する罰則は規定されていない。
ICを疑う
ICの理念は、医療倫理の4原則の1つ“自己決定の原則”から導かれるものであるし、近代市民法の自律した人間像からも自ずから求められるものである。
しかし、現代の高度に専門化した医療について、医師が限られた診療時間内で説明することも、まして患者が理解し同意することも、極めて困難になっている。
この現実を直視したとき、お任せ医療への回帰も始まる。
また、超高齢化社会にあって、身寄りがなく医療的な意思決定のできない患者の存在は無視できないが、ICはそこでは機能しない。さらにいえば、家族だからといって当然には超高齢者や幼児の自己決定権を代理行使できるものではなかろう。
1992年の第二次医療法改正では、第1条の2に医療の基本理念が置かれ、2006年の第五次改正を経て、その第2項には、「医療は、国民自らの健康の保持増進のための努力を基礎として、医療を受ける者の意向を十分に尊重し、(中略)提供されなければならない。」と定められた。ここに、「国民の健康保持増進努力」とあることに注目されたい。厚生省は、それが盛り込まれたのは、患者の健康への意思と努力なしには医療の効果も上がらないとするが、診療情報の提供と同じく、医師と患者が共同(協働)して疾病を克服することが肝要である。
そうすると、国民の自助を前提として、医療者において、患者が理解できるように適切な説明をし、患者の意向を十分に尊重することを理念として掲げる医療法は、敢えて患者の同意すなわちICにこだわらず、ひょっとしたらSDM、それどころか未知の、これからの医療理念に沿った医療モデルを準備しているようにも思えてならない。
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平沼直人(弁護士・医学博士)
◇◇平沼直人氏の掲載済コラム◇◇
◆「三大奇書」【2022.9.13掲載】
◆「タトゥー最高裁決定と医業独占」【2022.8.4掲載】
◆「悪」【2022.4.26掲載】
◆「医の倫理と法」【2022.4.7掲載】
◆「江戸三山」【2021.12.14掲載】
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