殿様とガバナンス
岡部紳一 [アニコム損保 監査役・博士(工学)]
この半年の間、それぞれ業界トップの2社の事件が詳しく報道されてきた。中古車販売トップのビッグモーター(以下B社)と、芸能プロダクション業界トップのジャニーズ事務所(以下J社)である。前者は保険金不正請求事件(言い換えると、保険金詐欺)である。後者は元社長によって50年も前から続いていた未成年者に対する性虐待事件である。この二社はいずれも非上場会社であるが、企業のガバナンス・コンプライアンス欠如を原因と解説する記事が多くみられる。そうであろうか。
ビッグモーターの早い段階の報道で、社外秘の経営計画書の会社方針の中に、「経営方針の執行責任を持つ幹部には、目標達成に必要な部下の生殺与奪権を与える」との記述があったと報道されている。(注1)生殺与奪権の言葉には驚いた。封建時代の殿様が家来に切腹を命じることができる権限である。辞書をみると「人民や部下などをどのようにでも思いのままに支配する」との説明もある。B社内では他の社員の面前やLINEなどで、上司から部下に対する暴言などハラスメント行為が堂々と行われていたと報道されている。
先月の国交省の立ち入り検査の結果、検査を実施した34工場で不正が見つかり、34工場に民間車検場に指定の取り消しなどを含む行政処分が出されており、組織がらみで不正行為が実施されていた。
J社の事件は、芸能プロダクションとトップ、J社の元社長によるタレントを夢見る未成年性虐待事件であるが、50年も継続していたという。外部専門家による再発防止特別チームが実施した調査の報告書(注2)のニュースを読むと、「性加害は事務所が設立される以前の1950年代には行われ、被害者の数は少なく見積もっても数百人いるという複数の証言が得られた」と伝えている。また、同族経営による隠ぺい対策と「マスメディアの沈黙」があったと問題として指摘している。
当初の報道では、“性被害”の用語が使われていたが、現時点は“性加害”の表現に代わってきている。児童虐待防止法もあるように一般的な言葉は性虐待であると思うが、なぜかメディアではあまり使用されていない。
未成年者に対する性虐待事件は、ショッキングな社会問題となった米国のカトリック教会の聖職者による性虐待事件がある。2002年1月ボストン・グルーブ新聞が特集を組んで大きく報道した。これがきっかけとなり、2007年には3000人の聖職者が弾劾、捜査され、有罪判決を受け収監された司祭もいる。2003年にボストン・グルーブ紙は、ピューリッツァー賞(公益報道部門)を受賞している。
そして、米国にだけに止まらず、イギリス、オランダ、ドイツ、フランス、メキシコ、オーストラリアなどでも非常に多数の被害者が確認され、国際的な問題となった。国内でも、欧米ほどの規模ではないが、被害者が確認されている。これを受けて、2代のローマ法王が謝罪する事態となった。これだけ多数の事件が公にならなかった一因として聖職者に口止めされ、逆らえない未成年や神学生が被害者だったことと、カトリック教会の隠蔽体質が指摘されている。
J社の事件に対する報道では、今年3月にBBCが放送した番組の国際的反響が大きく、国内メディアの大々的な報道につながっていったようである。しかし、1999年に、すでに週刊文春がJ社告発キャンペーンを行っている。これに対して、J社および当時の社長が、文春に損害賠償を求めた訴訟を提起した。今年の5月23日NHKの「クローズアップ現代」が以下のように取り上げている。(注3)
「実は80年代後半以降、元所属タレントらが書籍で告発。1999年には、週刊文春が10人以上の証言を詳細に伝えるキャンペーン記事を連載・・これに対し、J社側は週刊文春側を名誉毀損で提訴。東京高裁は、セクハラ行為以外については事務所側の訴えを一部認めた一方、セクハラ行為の記事は、その重要な部分について真実だと証明されたと認定。判決はその後、確定しました。」「しかし、NHKなどのメディアが大きく報じることはありませんでした。当時、週刊文春側の代理人を務めた弁護士は、この問題の実態を明らかにする動きが広がらなかったと指摘します。」
国内のメディアが沈黙してほとんど報道してこなかったことに対して、タレント業界トップのJ社に忖度したのではないかと批判されている。NHKも上記引用の通り、この点を認めている。
この2社の事件は、異なる類型の犯罪行為であるが、組織内部でトップや幹部に従わざるを得ない上下関係が見られる。B社報道記事から判断する限り、B社トップが犯罪行為となる法違反を指示したとする明確な証拠はみられない。ただ、過去の他社の事例でもよく見るように、厳しい目標達成を要求する売上至上主義のトップの下で、社員が法違反やルール無視をして不正事件起こしている他社事例がいくつもある。生殺与奪権を与えるとの経営計画書の方針の表現は、目標を達成しないと身の安全が守れないといった心理状態に追い込まれて、従わざる得ない上下関係の職場環境を象徴的に示している。
J社の事件では、タレントを夢見る未成年がタレント養成に圧倒的な実力をもつJ社トップに気に入ってもらえないと、自分の夢を実現できなくなると、いやなことでも受け入れざるを得ない上下関係が社内で築かれ、その認識が共有されていたようである。世間知らずの未成年と上位者との上下関係は、カトリック教会の事例と同じである。
2社の事件は、ともに、不正行為者が法違反やルール無視を認識しながら、不法行為を実施している。封建時代に、生殺与奪権を享受する殿様は、法律そのものであるので、法やルールをもって殿様を牽制することはできない。B社はそのような社内環境を連想させる。
J社の上述した再発防止特別チームによる調査報告書に、加害者である元社長は「性嗜好異常」(医学用語ではパラフィリア症)があったと指摘されている。(注4) 強力な権限を持ったトップがこのような行動が反復される疾患を持っていると、防止抑制することは困難であろう。そもそも牽制システム自体が存在しない。その結果、50年以上も性犯罪が継続した。
2社に共通する要素とは、法を遵守し、ルールを守る意識がない、それらに違反していると認識しながらやってしまうトップや幹部がコントロールしている組織であり、ガバナンスやコンプライアンスを実施できる土壌がないというべきであろう。自社に自浄機能なく、犯罪行為を継続する事態となれば、そのような企業は退場してもらうしかない。
そうなれば、問題ある企業は、社会でチェックすることが必要となる。社会のガバナンスともいえるだろう。B社の事件では、内部告発が発端となり、取引損保の調査、第三者委員会の調査へと進展しその間の詳細なメディアの報道がなされた。
J社の事件では、80年代から所属タレントの告発がなされていたが、芸能スキャンダルと軽くとらえたのか、メディアも報道を抑制し、公的機関も必要な対応が取れなかった。公益通報者保護法が制定され(児童虐待防止法はこの法の対象である)、内部通報に対応するために事業者、行政機関、報道機関が必要な体制を作ることが定められている。しかしながら、この社会のガバナンスが働かなかった。この分野の専門家の弁によると、配置される人材次第で、十分な効果が発揮されるかどうかが左右されるとのことである。われわれが社会の目として、社会のガバナンスの重要な役割を負っていると再認識しなければならない。
[脚注]
(注1) https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/618082?display=1
(注2) https://www.tokyo-np.co.jp/article/273428
(注3) https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4781/#p4781_01
(注4) https://toyokeizai.net/articles/-/698162
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岡部 紳一[アニコム損保 監査役・博士(工学)]
◇◇岡部紳一氏の掲載済コラム◇◇
◆「医療安全管理の透明人間」【2023.6.8掲載】
◆「うそつき脳と企業リスクマネジメント」【2022.12.27掲載】
◆「傍目に見ると、病院リスクマネジメント」【2022.10.6掲載】
◆「病院が停電したら?」【2022.5.6掲載】
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