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先見創意の会

遠隔医療の法的問題

平沼直人 (弁護士・医学博士)

遠隔医療の夢

古代ギリシャでは、医神殿に住む蛇が病者の夢に現れて、そうして、翌日、医神殿を訪れたその患者に、医神官は昨夜見た夢の内容を問診し、それに応じて診断・治療をしたという。
これはまさに遠隔医療(telemedicine)にほかならないのではあるまいか。Telemedicineの“tele”は、ギリシャ語に由来する。
医神アスクレピオスの医杖には、蛇が絡みついている。

遠隔医療とは

厚生労働省の「オンライン診療の適切な実施に関する指針」(平成30年3月・令和5年3月一部改訂)によれば、遠隔医療とは、「情報通信機器を活用した健康増進、医療に関する行為」を包括する概念で、オンライン診療とは、「遠隔医療のうち、医師―患者間において、情報通信機器を通して、患者の診察及び診断を行い診断結果の伝達や処方等の診療行為を、リアルタイムにより行う行為」を指すものとされる。
もっとも、次に紹介するところだが、「遠隔診療」といった言葉も生きており、遠隔医療に関わる用語の定義が整理され尽くしているとは言い難い。

対面診療の原則

厚生省健康政策局長の「情報通信機器を用いた診療(いわゆる「遠隔診療」)について」(健政発第1075号 平成9年12月24日・平成23年3月31日一部改正)は、「診療は、医師又は歯科医師と患者が直接対面して行われることが基本であり、遠隔診療は、あくまで直接の対面診療を補完するものとして行うべきものである」と述べ、対面診療の原則を謳う。
この遠隔診療通知は、別名、医師法20条解釈通知と呼ばれる。

そこで、医師法20条を見てみよう。
医師法20条は、「医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証書を交付し、又は自ら検案をしないで検案書を交付してはならない」(但書は省略)と定める。
そこに対面診療の原則を読み込むのが通説的な見解であるが、医師法20条を素直な気持ちで読んでみれば、文字通り対面診療の原則とも書いていないし、そう読むこともできない。
医師法20条が対面診療の原則を定めているものと解釈することは困難である。

オンラインで担当医に対し意見を述べた医師の責任

遠隔診療通知は、「遠隔診療のうち、医療機関と医師又は歯科医師相互間で行われる遠隔診療については、医師又は歯科医師が患者と対面して診療を行うものであり、医師法第20条及び歯科医師法第20条との関係の問題は生じない」という。

また、オンラインで担当医に対し意見を述べた外部の医師は、患者に対して、法的責任を負わないとするのが、通説的な見解である。
これに対して、「まったく不適切な助言」をした医師は法的責任を負担する可能性があるとする有力な見解が存在する。
私見は、チーム医療の観念が遠隔医療にまで及べば別論、現状では、オンラインで意見を述べたに過ぎない医師は、いわば成書や論文の著者と同程度の責任しか負わないものと考えている。

医賠責保険で対応できるか?

世界医師会のデジタルヘルスに関するステイトメントは、医師に対して遠隔医療が保険によって担保されているか確認を促している。

外国の医師免許を有する医師が海外から日本国内にいる患者にオンライン診療を行った場合、医師賠償責任保険の対象となるであろうか。
医師賠償責任保険においては、日本国内において医療を行う場合を保険の対象としていたり、我が国の医師免許を有しない者が行った場合には保険者免責としていたりするのがふつうであろうから、保険金は支払われないであろう。

もっとも、例えば、担当医が国際学会に出席のため、海外出張していたところ、担当看護師から電話があったが、時差ボケのせいか、看護師に対し誤った指示を出してしまった場合には、日本国内において医療を行うものと解することもできよう。

根本的には、保険約款の改定によって、遠隔医療にも対応できるようにしていってもらいたいと期待している。

準拠法と裁判管轄

そもそも遠隔医療については、どこの国の法律が適用になり、どこの国で裁判が行われるのか?
近未来的かもしれないが、外国からロボットを遠隔操作して遠隔手術を実施したところ、事故が起きてしまった場合を想定してみよう。
まず、準拠法であるが、法の適用に関する通則法によれば、日本法が適用されるものと解される。
次に、国際裁判管轄についてであるが、民事訴訟法によれば、日本の裁判所に訴えを提起することができるものと解される。

いずれにしても、将来的には、医療機関と患者の間において、準拠法や裁判管轄について、オンライン上で覚書を取り交わして確認することとなろうか。

*2021年3月1日付け朝日新聞夕刊では、弘前大とむつ総合病院間で人工臓器を使った遠隔手術の実証実験、2023年10月12日付け中日新聞では、藤田医科大とシンガポール国立大学間で生きた豚を使った胃切除などの遠隔手術の実証実験が報じられている。

対面診療からの脱皮

遠隔医療を推進するにあたっては、プライバシーの保護や診療報酬の手当などいくつかの難題が待ち受けているかもしれない。
何より、医は仁術であり、現代では稀有となった人と人との触れ合いを基本とすることは忘れてはなるまい。ただ、対面診療に固執することの過ちは、コロナ禍で痛感したところのはずである。

再び、アスクレピオスの医杖に登場願おう。
蛇は脱皮を繰り返すことから、再生のメタファーであり、医療のシンボルとして扱われてきた。
医療自体も再生せねばならない。
だが、対面診療が呪縛となって成長を妨げてはいまいか。
いまや脱皮の時である。

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平沼直人(弁護士・医学博士)

◇◇平沼直人氏の掲載済コラム◇◇
「イノベーター理論」【2023.10.5掲載】
「食」【2023.6.20掲載】
「行動経済学が変える!」【2023.4.6掲載】
「ICと医療法」【2023.1.5掲載】
「三大奇書」【2022.9.13掲載】

☞それ以前のコラムはこちらからご覧下さい。

2024.02.08