自由な立場で意見表明を
先見創意の会

センター調査報告書

平沼直人 (弁護士・医学博士)

医療事故調査・支援センター

医療事故調査制度は、平成26年(2014年)のいわゆる第6次医療法改正によって、導入された。
本制度は、医療法の第3章「医療の安全の確保」に位置づけられており、医療安全のための再発防止を目的とし、医療事故の原因を調査するために、医療機関が自主的に医療事故を調査し、再発防止に取り組むことを基本とする制度であって、責任追及を目的とするものではない。
医療事故調査・支援センターは、医療事故調査を行うことと医療事故が発生した病院等(=病院・診療所・助産所)の管理者が行う医療事故調査への支援を行うことにより、医療安全の確保に資することを目的とする一般社団法人または一般財団法人で、厚生労働大臣が指定する。現在、一般社団法人日本医療安全調査機構が指定されている。

センター調査

医療法6条の17第1項は、「医療事故調査・支援センターは、医療事故が発生した病院等の管理者又は遺族から、当該医療事故について調査の依頼があつたときは、必要な調査を行うことができる。」と定める。これがいわゆるセンター調査である。

センターは自発的に調査を開始できるか?
「調査の依頼があったときは」と定めるため、文理上、センターが職権で調査を開始することはできないことに異論はなかろう。

では、遺族からの依頼さえあれば、病院等から事故報告がなくても、センターは調査を開始することができるか?
文字面だけを見れば、病院等の管理者がセンターに事故報告をしていなくても、遺族から依頼があれば、センター調査を行えるかのようにも読めるが、「医療事故」か否かの判断を病院等の管理者に委ねている法の建付けからして(医療法6条の10第1項・医療法施行規則1条の10の2第1項)、それは認められない。法律の内部で矛盾する解釈を行うことは “評価矛盾”と呼ばれ、適切でない。
平成27年5月8日医政発0508第1号厚生労働省医政局長通知は、「医療事故が発生した医療機関の管理者又は遺族は、医療機関の管理者が医療事故としてセンターに報告した事案については、センターに対して調査の依頼ができる。」として、疑義を差し挟む余地を払拭している。

なお、紛争状態にある場合には、センター調査を依頼できないとの見解(日本医療法人協会のガイドライン)について、検討する。
検討に値する見解であるが、文理解釈としては無理であろう。
政府も上記見解に否定的な立場と解される(立憲民主党井坂信彦衆議院議員の質問主意書に対する平成28年2月26日付け答弁書)。

2つの相反する判決

京都地方裁判所の令和3年2月17日判決(判例時報2503号56~77頁)は、大学医学部附属病院での治療中に髄膜炎菌感染症により死亡した患者の相続人である原告らが、患者が死亡したことについて、被告病院の医師や助産師らに、薬剤の副作用を周知する義務、被告病院を受診するよう指示する義務、抗菌薬を投薬する義務等に違反する過失があったと主張し、各原告にそれぞれ9375万2650円(合計1億8750万5300円)およびこれに対する不法行為の日である平成28年8月23日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。
センター調査報告書は、抗菌薬投与のタイミングにつき、日本版敗血症診療ガイドライン2016では、敗血症を診断したあるいは疑った時点から1時間以内の抗菌薬投与が推奨されているところ、本件では、菌血症(あるいは敗血症)を疑い、細菌培養検査を実施してから、約5時間後にゾシンが投与されているが、しかし、血液培養検査実施時には、白血球増多やCRP値の上昇もなく、細菌感染症よりもウイルス感染症や、薬剤アレルギーを疑っていたことからすると、やむを得ない対応であったと判断した。
これに対して、京都地裁は、次のとおり理由を述べて、被告大学に1億3516万0240円の支払を命じた。

院内調査報告書およびセンター調査報告書では、すぐに抗菌薬を投与するか経過観察をするかは、いずれもあり得る選択であり、いずれかが正しいというものではないとの見解が表明されているところ、被告らは、血液内科および感染症内科を含む複数の医師が関与して出された上記意見を尊重すべき旨主張する。
しかし、院内調査報告書およびセンター調査報告書では、CRPおよび白血球の数値が正常に近いものであったことを主たる根拠に、細菌感染の可能性が高くないとした医師の判断は標準的ないしはやむを得ないものであったとするが、CRPおよび白血球の数値が低いからといって細菌感染の可能性が低いとは直ちに判断できないのであって、発作性夜間ヘモグロビン尿症の治療のため投与されたソリリスの添付文書に列記された高熱、頭痛、嘔吐等の初期症状が認められる以上は、なお細菌感染の可能性が相応に疑われると認識する必要があるといえる。したがって、薬剤反応の可能性やウイルス感染の可能性の方が相対的に高いと考えられる場合であっても、なお細菌感染の可能性も相応に疑われる以上は、急速に進行して死亡するという患者にとっての重大なリスクを回避すべく、速やかに抗菌薬を投与するとの選択をするのが、前記添付文書の文言及び趣旨に適うものといえる。
したがって、あえて添付文書と異なる経過観察という選択が裁量として許容されるというためには、それを基礎づける合理的根拠がなければならないところ、細菌感染症でない場合に抗菌薬を投与するリスクとして、抗菌薬投与が無駄な治療になるおそれ、アレルギー反応のリスク、肝臓および腎臓の障害を生じるリスク、炎症の原因判断が困難になるリスクが考えられるが、これらのリスクは、髄膜炎菌感染症を発症していた場合に抗菌薬を投与しなければ致死的な経過をたどるリスクと比較すると、はるかに小さいといえるから、添付文書に従わないことを正当化する合理的根拠となるものではない。そして、他に、医師が裁量として経過観察を選択することを正当化する合理的根拠はない。
以上によれば、院内調査報告書およびセンター調査報告書の前記見解は合理的とはいえないから、前記判断を左右しない。

横浜地方裁判所川崎支部の令和3年11月30日判決(判例集未登載も各種判例データベースに収載)は、原告らが、被告法人が運営する病院において、救急搬送後低カリウム血症の治療のため、内頚静脈より中心静脈カテーテル挿入を受けた患者が3日後に死亡したのは、担当医および同病院の医師らの施術方法の選択の誤り、説明義務違反、患者の出血に気付くのが遅れ対処を誤ったこと等の注意義務違反によるものであると主張し、患者の夫、長男および弟が被告法人及び被告担当医に対し、合計4897万1016円(弟の慰謝料請求は別に100万円)およびこれらに対する患者の死亡した日の翌日である平成27年10月29日から各支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。本件は、筆者が被告訴訟代理人を務めた自験例である。

川崎支部は、次のとおり理由を述べて、原告らの請求を棄却した。

センター調査報告書(C-0015)は、「19時34分に、ショック指数2.3の重症のショック状態となっているから、患者の状態を20時25分までショックと診断しなかったことは、適切でない。」旨述べる。
19時34分時点の血圧は53/32mmHg、脈拍数は122回/分であるから、その時点のショック指数は2.3となり、重症に分類されることは、上記指摘のとおりである。しかし、被告担当医は、19時30分頃以降、ショックの可能性を念頭に置きながら、胸部レントゲン撮影、複数回のエコー検査(RUSH)、腹水穿刺等を実施して原因検索を継続しつつ、その結果に応じた対応をしていたのであり、ショック判断をした20時25分まで手をこまねいていたわけではないのであり、上記調査報告書中の指摘は正鵠を得ていない。
上記センター調査報告書(C-0015)は、「医療機関による院内調査の結果について是非を問う立場でまとめるものではなく、第三者として現時点で考え得る再発防止のための提言を行うものであ」って、被告担当医らの個々の責任の追及を目的とするものではなく、死因が判明していることを前提として、いわゆる後方的視点に立って本件を検証するものであるところ、事後的に見れば、胸部レントゲンの読影や血圧等の検査結果の見方において異なる判断があり得たとしても、出血性合併症に対する対応に一義的な正解が存在するわけではないこと、動脈誤穿刺の出血部位については病理解剖においても特定まではできなかったこと等からすれば、当時の医療水準に照らし、救急医療の現場で時々刻々と変化する患者の病状を把握しつつ、その時点時点で各種検査等を通じてその原因検索に奔走していた被告担当医らに注意義務違反を認めることは困難である。

京都地裁判決は、センター調査報告書が医師の裁量を認めたのに対し、添付文書の記載をより重視した。
センター調査は再発防止の観点からなされるものであり、後方視的に「いずれもあり得る」と結論しているにもかかわらず、裁判所が前方視的判断として過失を認定してしまうことは極めて大きな問題があると言わざるを得ない。なお、前記判例時報の解説は、当該判決のセンター調査報告書に対する証拠評価の点に触れていない。
川崎支部判決は、証拠調べによりセンター調査報告書の事実誤認を修正し、同報告書の「適切でない」との指摘は「正鵠を得ていない」と判示するもので、後方視的視点に立ったセンター調査報告書の読み方につき正解しており、高く評価すべきである。
京都地裁判決は控訴され、川崎支部判決は控訴されず確定している。

ーー
平沼直人(弁護士・医学博士)

◇◇平沼直人氏の掲載済コラム◇◇
「小保方 佐村河内 有栖川」【2024.3.12掲載】
「遠隔医療の法的問題」【2024.2.8掲載】
「イノベーター理論」【2023.10.5掲載】
「食」【2023.6.20掲載】

☞それ以前のコラムはこちらからご覧下さい。

2024.06.13