仮放免中の診療費
大森未緒 (弁護士)
1.はじめに
日本で暮らす外国人は、一定の場合、在留資格を喪失し、退去が強制され、入国者収容所等の収容される(出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)24条、39条の2第2項)。例えば、上陸の許可を得ずに上陸した場合や在留期間を超えて在留した場合などである。また、難民の認定を受けられず(法61条の2)、在留資格を得られなかった外国人も、退去が強制され、入国者収容所等に収容される(法61条の2の9第3項)。
これらの事情により入国者収容所等に収容されている者が負傷した場合その他医療上の措置が必要な場合、その診療費は公費で賄われる(法55条の42参照)。被収容者に対する診療は、被収容者に対して行動の自由を制限し、生活の全般にわたって規制を行っている国の責務として行われるからである。
それでは、仮放免中の者の診療費は誰が負担するのだろうか。
2.問題点
仮放免とは、「健康上、人道上その他これらに準ずる理由によりその収容を一時的に解除することを相当と認めるとき」に「期間を定めて、かつ、住居及び行動範囲の制限、呼出しに対する出頭の義務その他必要と認める条件を付して」一時的に収容を解除することをいう(法54条2項)。「健康上、人道上その他これらに準ずる理由」とは具体的には、被収容者自身や家族が病気になった場合や、被収容者が経営していた会社を整理するために解除が必要な場合を指す。
仮放免をされた者は、在留を許可されたものではないため、就労、住民票の作成、生活保護の受給、県境をまたぐ移動、国民健康保険の加入が禁じられる過酷な状況での生活を強いられることとなる。形式的には日常生活を送ることができ、入国者収容所等と比較すると、行動の自由が制限されたり生活の全般にわたって規制されたりしているとはいえないため、診療費は仮放免された者自身が負担することとなる。
もっとも、国民健康保険の加入が禁止されているため、仮放免された者は、自由診療として受診しなければならない。また、生活保護を受給することができないため、医療扶助を受けることもできない。自由診療の場合、医療機関は、自由に価格設定を行うことができる。そのため、厚生労働省が行った「令和4年度医療機関における外国人患者の受入に係る実態調査について」 によると、外国人患者に対し、保険診療の全額自己負担の場合より高い診療価格の設定を行っている医療機関は、全体の14.4%にも上る。なかでも、外国人を受け入れる拠点的な医療機関では、25.2%が、 JMIP(注1) もしくはJIH (注2)認証医療機関では、71.4%が、保険診療の全額自己負担の場合より高い診療価格の設定を行っている。仮放免された者は、就労が禁止されているため、通常より高額な診療費を支払うことができず、受診を諦めざるを得ないケースが頻発している。
3.背景事情
そもそも、外国人に対する診療費が高額となっているのは、政府が平成22年に定めた新成長戦略の一環としてメディカルツーリズムを推進したことにある 。(注3)メディカルツーリズムとは、医療を受けることを目的として海外渡航することをいい、日本では、外国人の富裕層を対象として医療を提供するため、外国人患者の受入れを強化する取組を推進し、平成23年から医療滞在査証(医療滞在ビザ)を発給している。厚生労働省では、訪日外国人の診療価格算定方法マニュアル(注4) を策定しているものの、当該マニュアルは、仮放免された者に対する診療費を対象としていない。
医師は、患者の生命・身体の保護を図るため、応招義務を負っているはずであるところ(医師法19条)、仮放免された外国人については、実質的に正当な事由なく診療を拒否せざるを得ない仕組みとなっている。医療機関においては、仮放免された者の現状を把握し、外国人患者の診療費を一律に定めるのではなく、医療滞在査証を得た外国人を対象とした診療価格の設定を行うべきである。
4.おわりに
医療機関においては、外国人患者の未収金発生もまた問題となっている。厚生労働省による上記調査では、外国人患者の受入実績のある医療機関のうち19.9%が外国人患者による未収金を経験したことがあるとの結果が得られている。そのうち、仮放免された者がどれだけの割合を占めているか不明であるものの、仮放免された者の診療費を保険診療の全額自己負担の水準にすることで、一定の改善を図れることが期待される。
それよりもまず、日本で暮らす外国人が、生活保護の対象でないとしても「健康で文化的な最低限度の生活」をできるような法整備が行われることを切に願うばかりである。
【脚注】
(注1) 一般財団法人日本医療教育財団外国人患者受入れ医療機関認証制度
(注2)一般社団法人Medical Excellence JAPAN(MEJ)ジャパンインターナショナルホスピタルズ
(注3)平成22年6月18日閣議決定「新成長戦略」
(注4)厚生労働行政推進調査事業『外国人患者の受入環境整備に関する研究(訪日外国人に対する適切な診療価格に関する研究)』
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大森 未緒(弁護士)
◇◇大森氏の掲載済コラム◇◇
◆「逮捕前の患者に対する診療」【掲載日:2023年5月11日】