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先見創意の会

コンプラ・ミルフィーユ

岡部紳一 [アニコム損保 監査役・博士(工学)]

カタカナ語の「ガバナンス」が新聞報道などでもよく出てくるようになった。原語(英語)を辞書で調べると、最初の訳語は「統治」である。語源のギリシャ語は「舵取り」の意味で、国の舵取りは統治だ。英国歴史で習った「国王は君臨すれども統治せず」が頭に浮かぶ。この時の国王は、英語があまり話せず、政治に関心のなかったドイツ人のジョージ1世。コミュニケーションが取れない国王が首相と議会に政治を任せっきりにしたことから、立憲君主制の始まりとなったと解説されている。

現代では、コーポレートガバナンス(企業統治)の意味でも使用される。企業の不正行為などのコンプライアンス(以下コンプラと略す)違反の原因として、企業のガバナンスが不全の観点で新聞など使用されることも多い。

コンプラ違反・ガバナンス問題で、政府が今年有名大企業に行政処分を下した注目すべき2件のケースがある。一つは、国交省が7月31日付で日本を代表する超優良企業のトヨタ自動車に対し、道路運送車両法に基づき型式指定申請における不正行為が行われていたとして、「是正命令」を発出した。その不正行為とは、意図的な、試験車両の加工、虚偽記載、データ改ざん等と書かれている。同法に基づく是正命令は、同じトヨタグループの日野自動車、ダイハツ、豊田自動織機にも出されており、4社目となった。

もう一つは、金融庁が、1月25日付で損保業界を代表する損害保険会社グループの一つである損保ジャパンとSONPOホールディングスに対して、保険業法に基づき業務改善命令を発出した。これらの事件を参考に、コンプラ体制を本稿で考えてみたい。

自動車メーカーの不正検査は、2015年フォルクスワーゲンの排ガス不正事件に始まり、以降ほとんどの国内メーカーでも発覚している。2016年から2018年では三菱自、スズキ、日産、スバル、マツダ、ヤマハの不正検査があり、その後2022年から今年までは、それまで名前が挙がっていなかったトヨタグループの日野自動車、ダイハツ、豊田自動織機、トヨタ自動車が名を連ねることとなった。

東証の上場企業は、有価証券報告書のなかで、「コーポレー・ガバナンスの状況」の記載が求められており、開示されている。上記の各自動車メーカーはいずれも、コーポレート・ガバナンスをどのように確立しているかを詳細に説明している。しかしながら一方で、トヨタの場合でも、10年前から不正検査があったと報告されており、他社の例では数十年間実施していた会社もある。
有価証券報告書でそれぞれのコーポレート・ガバナンス体制が確立していることを謳いつつ、十年またはそれ以上の期間に不正行為が実施されて行ことはどのように理解すればいいのだろうか?単純にトップや本社サイドが現場で起こっていることを承知していなかったということであろうか。

トヨタの豊田章男会長は、6月記者会見で、「完璧な会社では間違いも起こる。問題が起こったらとにかく事実を確認してなおす。それを繰り返すことが必要だ」と述べている。その通りと思う。事実を確認してなおすとは、事後対応だけでなく、再発防止、抑止策も含んでおり、そのための組織改革も含んでいると解したい。

もう一つの金融庁の損保ジャパン及びSOMPOホールディングスに対する業務改善命令の発表文には、トップも含めた各レベルにおいて、ガバナンスが機能していかなった事態が詳しく記載されている。同発表文から一部を引用する。(引用は以下の「」内)

ビッグモーター社による組織的かつ継続的な保険金不正請求において、「損保ジャパンの 経営管理(ガバナンス)態勢や、3戦管理態勢それぞれの内部統制に重大な欠陥があり、BM社に対する管理・けん制態勢が無効化していた実態が認められた。」

ここで3戦管理体制とは、まずBM社と直接対応していた現場部門の営業部門と保険金サービス部が1戦、法務・コンプライアンス部門の2戦、内部監査部の3戦において、管理体制が機能していなかった。3重の牽制体制を築いて万全を期するが、そのいずれも機能不全であったとの指摘である。さらに、社長を含む経営陣レベルでもガバナンスが機能不全の実態にあると指摘している。当局の指摘はさらに踏み込んで、歴代の社長の下で醸成されてきた企業文化の問題点に言及し、同発表文の結文には、「自主的な取組みにゆだねるだけでは抜本的な解決にならない可能性があり、(中略) 当局の関与が必要と判断した」とまで書かれている。

以上から、次のような素朴な疑問が出てくる。
1. この2件は、2社グループに固有な事件であるというよりも、どんな会社でも起こりうる、または起こっている可能性を示しているのではないか?
2. 自動車メーカーの関連報道を読むと、なかには数十年間継続していたとの事例もある。有価証券報告書で公表している確立されたコンプラ体制の下で、何故に不正検査等のコンプラ違反が長年にわたって実施され、社内で指摘されず改善されなかったのだろうか?現在のコンプラ体制にどのような問題点をかかえているだろうか。
 
1.については、日常の業務活動において、不正検査に示されるようなコンプラ違反は発生する、発生している、または長年継続されている可能性がある前提で、どのようなコンプラ取組みを実施する必要があるのか再考しなければならないと思われる。
2.については、なかなか難しい課題である。この文書の性格もあると思われるが、有価証券報告書の「コーポレート・ガバナンスの状況等」の記載内容を読むと、詳細なコンプラ体制の説明がなされているが、上位下達(トップダウン)の進め方が強調され、下位上達(ボトムアップ)が読み取れない。コンプラの関連取組みについてのPDCAサイクルをどのように回して実効性を上げる努力をしているについては、ほとんど記載がない。
また、これを総論的な、企業風土の問題と括ってしまうのでは解決になりにくいと思われる。

コンプラの取組みについて、トップが策定した方針や計画に基づく指示を受けて、各現場がどこを切っても金太郎の顔が出てくる金太郎飴のような活動イメージしか持っていないだろうか。私は、組織活動は、対面でコミュニケーションが取れる小グループを核にして、その小グループが連携、統合されることで大きな企業の活動となっていると捉えている。

したがって、コンプラ態勢を組織全体で運用するには、組織を構成する多くの小グループ内での健全な実効性のあるコンプラ活動が鍵である。求めるべき小グループのコンプラ取組みとは、例えば、新入社員であっても、コンプラ問題に気づいたら、自由に意見を言うことができ、グループ内で論議できる風通しの良く、まとまりのよい環境である。新入社員だから、発言が抑圧され、無言の慣行遵守の抑圧があれば、小グループでのコンプラ活動は生き残れない。

「ミルフィーユ」という美味しいフランス菓子がある。千枚の葉という意味らしい。小麦粉の生地にバターを包んで3つ折りにして、6回繰り返すと729層に、もう一回追加すると2187層にもなり、千枚の葉となる。これを焼き上げると、サクサクとした千枚の薄い層が出来上がる。

組織もメンバーの一人一人が、ミルフィーユの1枚、1枚の葉と考えると、組織は「ミルフィーユ 」である。重なった1枚1枚の異なる“葉”が連携して協働できなければ、多層バリアーとなってしまう。それらを活性化するには、組織内の上下・縦横の十分なコミュニケーションを行う継続的な努力が必要である。それを促進する職場環境も必須である。ガバナンスには、十分なコミュニケーションで核となる小グループを繋ぎ統合することが、千枚を生きた力に変える出発点であると思う。

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岡部 紳一[アニコム損保 監査役・博士(工学)]

◇◇岡部紳一氏の掲載済コラム◇◇
◆「あなたは海坊主が見えますか?」【2024.3.7掲載】
◆「殿様とガバナンス」【2023.11.9掲載】
◆「医療安全管理の透明人間」【2023.6.8掲載】
◆「うそつき脳と企業リスクマネジメント」【2022.12.27掲載】

☞それ以前のコラムはこちらからご覧ください。

2024.08.15