医療分野におけるAIと法規制
髙山 烈 (弁護士)
1.はじめに
2024年4月から働き方改革関連法に基づく「医師の働き方改革」の新制度が施行された。これにより、時間外・休日労働の上限規制、連続勤務時間制限、勤務間インターバル規制などが導入されることとなった。他方、2022年7月に実施された「医師の勤務環境把握に関する研究」調査によれば、時間外・休日労働時間が年960時間換算を超える医師の割合は21.1%、年1,920時間換算を超える医師の割合は3.6%とされており、いずれの割合も2016年、2019年の医師の勤務実態調査より減少しているとはいえ、医師の長時間労働の改善は待ったなしの状況である。
しかしながら、医療機関の現場では、医療従事者の絶対数の不足や地域偏在・診療科偏在といった問題があり、労働時間の削減は容易ではない。このような状況において、医療分野においてもAIを活用し、医療従事者の負担を軽減することで、長時間労働を改善することが期待される。医療分野におけるAIの活用は、過重労働の改善に加え、ヒューマンエラーから起こる誤診をなくし、かつ、膨大なデータとして存在する世界中の研究成果や医学的知見等の有効利用によるより正確な診断を可能とすることで、医療過誤のリスクを低減し、患者に安心・安全な医療を提供することにつながるものである。
2 医療分野におけるAIの活用
2017年に厚生労働省が設置した「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会」の報告書において、「AI開発を進めるべき重点領域」として、次の6項目が選定されている。
【AIの実用化が比較的早いと考えられる領域】
① ゲノム医療
「ゲノム医療」とは、DNAに含まれる遺伝情報全体を網羅的に調べ、その結果をもとにして、より効率的・効果的に病気の診断と治療を行う医療を指す。
この領域では、厚生労働省が2022年9月に策定した「全ゲノム解析等実行計画2022」に基づき、がん・難病に係る創薬推進等のため、臨床情報と全ゲノム解析の結果等の情報を連携させ登載する情報基盤を構築し、その利活用にかかる環境整備が進められている。
② 画像診断支援
ディープラーニングなどのAI技術を用いて医療(医用)画像(X線、CT、MRIなど)を解析し、病気や異常箇所を検出して疾患の診断を支援する技術開発が進められている。
日本は診断系医療機器の開発能力が高く、病理・放射線・内視鏡等について国内に質の高いデータが大量に存在しているため、海外と比較して強みのある領域とされている。
具体的な取組として、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)により、診療画像に関連する6学会(日本医学放射線学会、日本消化器内視鏡学会、日本病理学会、日本眼科学会、日本超音波医学会、日本皮膚科学会)等との共同研究による大規模データベース構築や、AI開発のための共通プラットフォームの構築等が進められている。
③ 診断・治療支援(検査・疾病管理・疾病予防も含む)
この領域は、医療情報の増大によって医療従事者の負担が増加すること、医師の地域偏在・診療科偏在、難病において診断確定までに長い期間を要することなどの諸課題を解決するためにAIの活用を図るというものである。
AIの開発をしやすくするため、厚生労働省により医師法上や医薬品医療機器法上の取扱の明確化が進められている(後述)。
④ 医薬品開発
日本は医薬品創出能力を持つ数少ない国の1つであり、強みのある領域である一方、AI人材の不足が課題とされている。そこで、具体的な取組として、厚生労働省の所管する国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所が中心となり、製薬企業とIT企業とのマッチング支援などが行われている。
【AIの実用化に向けて段階的に取り組むべきと考えられる領域】
⑤ 介護・認知症
この領域では、介護ロボットの開発やその介護現場への普及が進められてきたが、介護ロボット技術等にAI技術を新たに付加することによって、排せつ等の生活事象や生活リズムの予測を可能とし、高齢者の生活の質の向上や介護者の負担軽減を図ることが期待される。技術志向ではなく、介護現場のニーズに基づく研究開発の実施が課題とされている。
⑥ 手術支援
外科医は手術中に迅速な意思決定を求められることが多いことなどから精神的・身体的負担が非常に大きい。また、医師全体の数が増えているにもかかわらず、外科医の数は減少傾向にあり、手術現場の負担軽減は喫緊の課題である。
この領域では手術支援ロボットの導入が目指されているが、外科領域におけるデータはまだアナログのものが多く、まずはこれらのデジタル化・構造化の取り組みを推進する必要があるとされており、この領域におけるAIの活用には時間がかかると考えられている。
3.法規制
このように、医療分野におけるAIの利活用が進められている一方で、次のとおり、医療関連法規との抵触が問題となる。
⑴ 医師法17条との関係
医師法17条は「医師でなければ、医業をなしてはならない。」と規定しているため、AIを用いた診断、治療等の支援を行うプログラムを利用して診療を行うことが同法規との関連で問題となる。
この点について、厚生労働省が2019年1月16日に開催した「保健医療分野AI開発加速コンソーシアム」において、「AIは診療プロセスの中で医師主体判断のサブステップにおいて、その効率を上げて情報を提示する支援ツールに過ぎないものであり、判断の主体は少なくとも当面は医師である」等と整理された。そのうえで、AIを用いた診断・治療支援を行うプログラムを利用して診療を行う場合についても、診断、治療等を行う主体は医師であること、医師はその最終的な判断の責任を負うこと、及び、当該診療は医師法17条の医業として行われるものであることが明確化され、周知されている。
⑵ 医薬品医療機器法との関係
2014年11月より、医療用途の単体プログラムは「医療機器プログラム」として医薬品医療機器法の規制対象となっている。この点、同法2条4項において「医療機器」は「人若しくは動物の疾病の診断、治療若しくは予防に使用されること、又は人若しくは動物の身体の構造若しくは機能に影響を及ぼすことが目的とされている機械器具等」と定義されているため、この定義に合致するものがこれに該当するプログラムが規制対象となる(ただし、機能の障害等が生じた場合でも人の生命、健康に影響を与えるおそれがほとんどないものは除外される)。
「医療機器プログラム」に該当するか否かの判断基準については、「プログラムの医療機器への該当性に関する基本的な考え方について(平成26年11月14日付薬食監麻発1114第5号厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課長通知)」において、次のように整理されている。
無体物である特性等を踏まえ、人の生命及び健康や機能に与える影響等を考慮し、プログラム医療機器の該当性の判断を行うに当たり、次の2点について考慮すべきものであると考えられる。 |
そのうえで、「医療機器」に該当するプログラムの具体例として、次の2つが挙げられている。
① 医療機器で得られたデータ(画像を含む)を加工・処理し、診断又は治療に用いるための指標、画像、グラフ等を作成するプログラム
② 治療計画・方法の決定を支援するためのプログラム(シミュレーションを含む)
「医療機器」に該当するプログラムは同法の規制に服することになり、製造・販売などに国の許可が必要となる。また、前述のとおり、「医療機器」に該当するプログラム診療は医師法17条の「医業」に該当し、医師のみなしうる行為である。
なお、前記通知では、「医療機器」に該当しないプログラムとして、「医療機器で取得したデータを、診療記録として用いるために転送、保管、表示を行うプログラム」、「データ(画像は除く)を加工・処理するためのプログラム(診断に用いるものを除く)」、「教育用プログラム」、「患者説明用プログラム」、「メンテナンス用プログラム」、「院内業務支援プログラム」、「健康管理用プログラム」、「一般医療機器(機能の障害等が生じた場合でも人の生命及び健康に影響を与えるおそれがほとんどないもの)に相当するプログラム」などが挙げられている。
⑶ 個人情報保護法との関係
医療分野におけるAIの有効な利活用のためには、患者を診察した際の情報、治療経過とその効果、薬の処方に関する情報、治療実績など、多くのデータ(リアルワールドデータ)の利用が重要である。この点、2017年に改正された個人情報保護法において、病歴等の医療情報が「要配慮個人情報」に該当するものとされ、その取得や第三者提供等に関して原則として本人の同意が必要とされた。しかし、過去に診療を受けた膨大な数の患者から個別に同意を取得することは現実的に困難であることなどから、個人情報保護法の特別法として「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報及び仮名加工医療情報に関する法律(次世代医療基盤法。2024年4月1日改正法施行。)が定められ、リアルワールドデータの有効活用が図られている。
次世代医療基盤法では、①国が認定した認定作成事業者が、制度に協力する医療機関等から国民・患者の医療情報を収集すること、②認定作成事業者は、医療分野の研究開発に必要な情報のみを研究機関や製薬企業などに提供すること、③研究機関や製薬企業などは、提供された医療情報を活用し、医療分野の研究開発を実施することなどが定められている。
同法に基づき一人ひとりの情報を分析することにより、効果のより高い治療法、病気の早期発見や治療をサポートする機器開発の研究等に役立てることができ、患者により良い医療の提供に寄与することが期待されている。
ーー
高山 烈(弁護士)
◇◇高山烈氏の掲載済コラム◇◇
◆「医師の宿日直(当直)について」【2023.12.14掲載】
◆「マイナンバーカードと健康保険証の一体化」【2022.12.02掲載】
◆「『医師の働き方改革』実施に向けて」【2022.7.7掲載】
◆「ポストコロナの労働問題」【2021.4.1掲載】