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先見創意の会

カルテの法的基礎

平沼直人 (弁護士・医学博士)

カルテの法律

まずは医師法の該当条文をご覧ください。

第二十四条 医師は、診療をしたときは、遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならない。
2 前項の診療録であつて、病院又は診療所に勤務する医師のした診療に関するものは、その病院又は診療所の管理者において、その他の診療に関するものは、その医師において、五年間これを保存しなければならない。

あらためてご覧いただくと、違和感がなかろうか。
まず、“2”とあるのに、“1”がない点である。第1項の1は記載しないものなので、「第1項」と補って読んでいただきたい。
つぎに、「あつて」と“つ”が大きい。医師法は昭和23年(1948年)7月30日に成立しており、旧仮名遣い(歴史的仮名遣い)が今もまだ残っている。

医師法24条の趣旨とするところは、診療録は、本来的に医師の手控え(メモ)的な性格のものであるが、適切な医療を行うための基本的な資料であり、患者にとって重要な記録であることから、医師にその作成・保存を義務づけるものである。

ここで言葉の整理をしておきたい。
診療録とは、医師の診療結果を記載したものである。
看護記録など、それ以外の医療記録を含めて、「診療記録」と呼ぶ。
「カルテ」という言葉そのものは、医師法はじめ法令上にはみられないようである。診療録を指すのが普通であるが、広く診療記録を意味して使われている場合も多い。

カルテの作成

医師法24条1項は、医師の診療録の記載義務を定めた規定である。
医師法19条1項は、いわゆる応招義務の規定であるところ、「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」と定め、主体(主語)を「診療に従事する医師」と限定しているが、24条1項は、単に「医師」としているのであるから、すべての医師を対象とする。
平常、医学研究その他、診療以外の業務に従事する医師であっても、たまたま診療した場合には、診療録を記載しなければならない。
なお、「診療」とは、診察・治療の略であるが、診察のみで治療を行わなかったときでも、記載義務があるのは、当然であろう。

さて、医師は診療をしたときは遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならないわけだが、「遅滞なく」とは、いつまでにという意味か?
法令用語として、早さ(スピード感)をあらわすのに、「ただちに」、「すみやかに」、「遅滞なく」があるが、早さが求められる順番も、この並びである。
すなわち、即時性を表現する法令用語として、「直ちに」ないし「ただちに」は、一切の遅れを許さない趣旨であり、「速やかに」ないし「すみやかに」は、可及的な即時性を要求するものであるのに対し、「遅滞なく」は、合理的な理由があれば、遅れを許す趣旨で用いられるものとされている。
したがって、“合理的な理由”さえあれば、あとから診療録を記載することは問題ない。極論すれば、診療から1年後でもよい。もっとも、合理的な理由があったのか問われよう。

診療録の記載事項については、医師法に規定はないが、厚生労働省令である医師法施行規則に定めがある。
第二十三条 診療録の記載事項は、左の通りである。
一 診療を受けた者の住所、氏名、性別及び年齢
二 病名及び主要症状
三 治療方法(処方及び処置)
四 診療の年月日

「左」という表現は、原文が縦書きのためである。
「一」~「四」は、それぞれ第1号、第4号などと読む。何かを羅列(列挙)する場合に用いられる。

診療録の書式については、医師法、政令である医師法施行令、医師法施行規則には指定がない。
なお、保険医療機関及び保険医療養担当規則(略称、療担)22条は、診療録の様式を定めている。

紙カルテにおいて、医師法上、筆記具の決まりはない。
ちなみに、麻薬及び向精神薬取締法施行規則は、“墨”または“インキ”を用いることを命じている。
(処方箋等の記載)
第五十四条 法第二十七条第六項の規定による処方箋、法第三十二条第一項の規定による譲受証及び譲渡証、法第三十七条第一項、法第三十八条第一項、法第三十九条第一項及び法第四十条第一項に規定する帳簿並びに法第四十一条の規定による記録は、墨又はインキを用いて記載しなければならない。

電子カルテをもって診療録とすることに法的な疑義はない。
厚生省は、昭和63年5月6日総第17号ほか厚生省健康政策局総務課長ほか通知「診療録等の記載方法等について」(平成11年改正)を発出し、作成した医師の責任が明白であれば、ワードプロセッサー等いわゆるOA機器により診療録を作成することができるものとした。
同通知は、作成の基礎となった情報の管理体制について十分留意することとしている。
厚生労働省は、「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」(平成17年第1版・令和5年5月第6.0版)を作成している。

カルテの保存

医師法24条2項は、診療録の保存義務に関する規定であり、保存義務者と保存期間を定めている。
病院・診療所の管理者において保存することを基本とし、保存期間は5年である。

病院・診療所の管理者が退任した場合は、後任の管理者が保存義務を引き継ぐ。
では、相続の場合は、どうか?
この点、厚生省医務局長の疑義照会回答(昭和31年2月11日医発第105号)は、管理者である個人開業医が死亡した場合、戸籍法に規定する死亡届出義務者は診療録の保存義務を承継しないものとした。
廃院すなわち病院・診療所が廃止された場合の診療録の保存義務については、通常は廃院時点の管理者において保存するのが適切であり、管理者たる医師が不在の場合には、県または市などの行政機関において保存するのが適当であるとされている(昭和47年8月1日医発第1113号厚生省医務局長回答)。

診療録の保存期間は5年であるが、では、いつから5年間、保存すべきか?
この点、法文上はハッキリしない。
そこで考えるに、医師法24条2項の保存義務が同条1項の作成義務を受ける形で規定されていることからすれば、作成の都度都度、保存義務が発生し、保存期間が開始すると解するのが論理的で構造的な解釈である。
これに対し、療担9条が「帳簿等の保存」として「保険医療機関は、療養の給付の担当に関する帳簿及び書類その他の記録をその完結の日から三年間保存しなければならない。ただし、患者の診療録にあつては、その完結の日から五年間とする。」と規定していることに影響されて、医師法においても同様に、当該患者の最終診療時から5年と解するのがむしろ多数説であるが、最終来院のことか、当該疾患の診療完結のことか、何をもって最終診療とみなすのか曖昧であり、かような曖昧な起算点を医師法に持ち込むことは妥当でなく、与し難い。
診療録の作成または保存を怠ると、医師法33条の3第1号により50万円以下の罰金に処される。罪刑法定主義の見地からも、起算点は明確でなければならない。

電子カルテの保存については、平成11年4月22日健政発第517号ほか厚生省健康政策局長ほか通知「診療録等の電子媒体による保存について」が発出されていたが、「民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律」および「厚生労働省の所管する法令の規定に基づく民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する省令」が平成17年4月1日より施行されたため、上記通知は廃止となった。といっても、上記省令に“見読性・真正性・保存性”の確保の3原則は引き継がれている。

カルテの開示

カルテ開示については、医師法にも医療法にも規定がないが、厚生労働省の「診療情報の提供等に関する指針」(平成15年9月)や日本医師会の「診療情報の提供に関する指針[第2版]」(平成14年10月)により、運用されている。
厚労省の指針は、令和5年1月に次の2点を改訂したので、注意されたい。
①開示に関する手続について、オンラインによる申立てを行うことが可能な医療機関においては、本人確認の手続を整備し、ホームページ等に公表した上で、オンラインによる申立てが可能である。(7⑶①)
②開示まで一定期間を要する場合には申立人に対して一定の応答を行うことが望ましい。(7⑶③)

厚労省の指針について、実務的に、時折、齟齬がみられるものとして、次の2点を指摘しておきたい。
①患者等の自由な申立てを阻害しないため、開示等の求めに係る申立て書面に理由欄を設けることなどにより申立ての理由の記載を要求すること、申立ての理由を尋ねることは不適切である。(7⑶①)
②医療従事者等は、診療記録の開示の申立ての全部又は一部を拒む場合には、原則として、申立人に対して文書によりその理由を示さなければならない。また、苦情処理の体制についても併せて説明しなければならない。(8)

そもそも患者本人に対するカルテの開示義務があるか否か議論があったが、現在では個人情報保護法(個情法)の平成27年(2015年)改正により、事実上、この問題は肯定される形で解決をみているといえよう。個情法の条文を掲げる。
(開示)
第三十三条 本人は、個人情報取扱事業者に対し、当該本人が識別される保有個人データの電磁的記録の提供による方法その他の個人情報保護委員会規則で定める方法による開示を請求することができる。
2 個人情報取扱事業者は、前項の規定による請求を受けたときは、本人に対し、同項の規定により当該本人が請求した方法(当該方法による開示に多額の費用を要する場合その他の当該方法による開示が困難である場合にあっては、書面の交付による方法)により、遅滞なく、当該保有個人データを開示しなければならない。ただし、開示することにより次の各号のいずれかに該当する場合は、その全部又は一部を開示しないことができる。
一 本人又は第三者の生命、身体、財産その他の権利利益を害するおそれがある場合
二 当該個人情報取扱事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合
三 他の法令に違反することとなる場合
3 個人情報取扱事業者は、第一項の規定による請求に係る保有個人データの全部若しくは一部について開示しない旨の決定をしたとき、当該保有個人データが存在しないとき、又は同項の規定により本人が請求した方法による開示が困難であるときは、本人に対し、遅滞なく、その旨を通知しなければならない。(以下、略)

個人情報保護法は死者には及ばないが、上記両指針ともに遺族に対しても情報提供を求めている。
遺族に対する診療情報の提供に当たっては、患者本人の生前の意思、名誉等を十分に尊重することが必要である(両指針)。特に遺族間に争いがある場合には、一層慎重な配慮が必要とされる(日医の指針)。

2025.02.13